午前八時、という言葉があります。
うろ覚えですが 確か、かつての南満州鉄道(所謂、満鉄)では 30代若手が活躍した為、こう呼ばれたと記憶しています。
つまり早朝から活動するバイタリティと満州という新天地での活動を示していると思います。
そう考えれば「午後三時」とは斜陽、と言ってもいいかもしれません。
日本は昔 貧しい国でありました。
言い換えれば安い労働力に溢れた国であり、現在の中国のように安い労働力を駆使して大量の繊維を輸出していました。
が 70年代頃から日本は先進国へキャッチアップを果たし、低賃金を前提とした繊維産業は成立しづらくなりました。
そういう繊維産業トップ、かつての花形産業のエクセレントカンパニーの社長とはどうあるべきか、という話です。
私がこの本で注目しているのは、経営者の世代です
カリスマであり、独裁者であり、拡張論者であり、何より経営者であった藤堂社長は62歳、社長歴20年とされています。
この本が刊行されたのは1971年とされてますから、社長就任は 1950年頃、或は 経営者が世襲制である描写を考えれば 戦前から経営に触れる可能性があります。
この社長、よくもわるくも貴族的、というか まぁワンマンです
従業員の雇用を守りますが 雰囲気としてはノーブレスオブリージュな面がありますね。
つまり「戦前的な」経営者とも言えます、労働者からも株主からも超然的なソレです。
それに対して 藤堂を追い落とした矢吹は 会社を運命共同体とし 経営も常識的な感じです。
常識的な経営とは 経営者のオリジナリティが入りづらい(ただし実行力が不可欠)なため まぁワンマンにはなりづらい面があります。
面白いのはこの2人 経営のグランドストラテジー的には決して対立はしていない側面があります
まぁ対立はあります
しかし ソレは「拡張主義VS反拡張主義」であり 経営の多角化(ダイアモンド経営)に関しては必ずしも全面対立はしていない事です(ただしアクリル進出等中身には対立がある)
私としては「繊維1本VS多角化」という書き方のほうがわかりやすいんじゃないの?とは思いますが・・・・・
あと気になったのは この会社 華王紡 明らかにモデルはカネボウ(今はクラシエか)なんですが 70年代から既に粉飾決済(非連結企業への架空販売)や化粧品の在庫の処分(海洋投棄)をしていた事ですね
この小説 ある一面では、戦前的な超然的経営者VSアプレゲールな日本型経営者という側面がある ように思いました
矢吹は70年当時で40代なら アプレゲール(戦後世代)と読んでも差し支えないのでは?と思います
