マクベスのメモ | tricoのおしゃれ手帳

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毎日見つけたおしゃれアイテムの記録。日々是萌々。

お洋服からは離れますが今夜は舞台の話。

野村萬斎さんの『マクベス』を見てきました。

忘れないうちに良かったところをメモ。

自分向けの資料として推敲せず書きます。読み飛ばしてね~。



感心した点の第一。

5人という少人数で演じきることで(戯曲では30人以上必要)、

役の入れ替えがない(少ない)マクベスと夫人が劇の焦点となったこと。

この方法は、2人の人物造形を際立たせる効果があると思いました。



そこから浮かび上がってきたマクベスの描写は、

「普通の男」。

特別な悪人でもなんでもない男が、

魔女たちとの出会い、そして夫人との関係性によって

王殺しという罪を犯し、さらに親友を殺し、恐怖政治を敷く暴君となる。

やがて来る破滅、

高まる狂気、相次ぐ寝返り。そこへ夫人の死。

ここでとてもマクベスはショックを受ける。(ここんとこちと気になった点。後述)

狂気を離れた人間らしさを垣間見せ、剣を取って最後まで戦おうとする。

自暴自棄な行動ではあるが、

夫人と一緒に狂ってた時の憑かれたよな狂気とは異なりある意味前向き。

(ちょっと深読みしてるかな? だとするとトゥモロースピーチがちょっと浮く)

で、「明日を諦めない!」と叫びつつ、

最後まで生への(明日への)執着を見せ、死んでいく。



印象的だった解釈。

ひとつは、マクダフの出生のところ。この戯曲の

「帝王切開で生まれたゆえに、マクダフは“女から生まれた者”ではない」

という部分、お能でいえば掛詞で前場後場を繋ぐ肝のシャレみたいな部分だが

やっぱり謡曲でも大半がそうであるように、苦しいシャレだと思っていた。

そこのところをこの度の舞台では

「(当時帝王切開を行った場合母体は助からない)母親の死体から引きずり出されたマクダフは、

つまりは死体から、ゴミから生まれたようなものだ」

としていた。これはほほーと思ったところ。

さらにこの部分は、最初の暗闇の声(「ゴミと人間」など)、廃品的な舞台装置、

そして最後に流れてくるマクベスの死体(ゴミのよう)ときっちり呼応している。



もうひとつの解釈は、河合新訳もそうなんだけど、

夫人の死の知らせを聞いたマクベスの反応。

本舞台では「何も今死ななくてもよかったものを…!」と、

妻に先立たれた夫らしい嘆きを見せていた。

手元の白水社小田島訳では

「あれもいつかは死なねばならなかった。このような知らせを一度は聞くだろうと思っていた」

となっている。そしてこの諦観漂うセリフに続いてトゥモロースピーチが入る。



マクベスは最後まで生への執着を見せるが

敢え無くも(ゴミのような)死体となって転がる、

しかしながらそこには一輪の花、というところに萬斎マクベスの

人間賛歌というか人生肯定(少々仏教的な)がハラリと舞い落ちてくる気がしつつ、

最初とラストで唱えられるセリフ

「きれいはきたない、きたないはきれい」で統一されていたのかと気づく。



感心した点の第二。

役者の人数が切り詰められているので

3人の役者はその他のキャラクターを次々に「着せ替える」。

個人的好みだけど、この演出は好きだ。

役者の動きや声、まとう布が、役割を変え、場面を転換させる。

役者の体から発せられたサインでダイナミックに場が動く感じ、

能がまさにそれで、この辺はさすが萬斎さん、ということなのかな。



印象的だったシーン。

ダンカン殺害前、マクベスが短剣の幻を見るところ。

実際手に剣を持ったりしないわけですが、

幻をつかもうと前にかざした手の影が、ライトの加減で

マクベスの首につきつけられた鋭い剣のように見えて意味深でした。



印象的だった演出。

服装や背格好が似てるので、マクベスと夫人が双子のように見えた。



そんなところかな。

追記:
恩師! 舞台見てらっしゃいましたかドキドキ リンクさせていただきまーす→
夫人の「お乳を胆汁に」のセリフ、夫人の前にマクベスが登場する直前ですよね。
この時点でマクベスに世継は生まれないことが決定されていたかもという読み、さすがです!
ただ、私は最後に咲いた花については「草木国土悉皆成仏」を感じました~。