復讐①「出鼻を挫かれる」 | 融通無碍(ゆうずうむげ)

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自由に無邪気にのびのびと。
死ぬまで学び続けたい。
モットーは「良い悪いではなく好きか嫌いかで選ぶ」
そんな人生ありのままを綴ります。

彼は三人兄弟の長男。彼の父親は一家の大黒柱として黙々と働いていると聞く。彼の母親は専業主婦に命を懸けている、といった風情だ。アタシが幼い頃から憧れていた普通の家庭。普通とはいえ、アタシの家庭環境からすると月と鼈(すっぽん)。かけ離れすぎていると感じてやるせない。結婚できたらいいなという気持ちは、お互い芽生えているものの、アタシとしてはハードルが高いような気もする。

 

彼の家の応接間。アタシの目に映る、壁一面に並ぶ大きな窓に厚みのある高そうな黄金色のカーテン。壁に沿って黒革の長いソファ。部屋の奥には壁いっぱいのガラス戸棚。その上に鎮座する大型テレビ。

「そこ座って。コーヒー入れよか。ネスカフェやけど。ブラック?砂糖いる?ミルクは?そこのお菓子食べといて」

彼の母親の畳みかけるような物言いに、アタシは心臓が締めあげられる思いだ。

「あ、ミルクだけで……」

アタシの分だけお客様用の器で出されたコーヒーにフレッシュを入れかき混ぜる。いつ言うんやろ。アタシは横目に彼を観察する。

 

「僕ら、結婚しようと思ってるんやけど」

マグカップに淹れてもらったコーヒーに手を付けることなく、彼は母親に告げる。アタシは彼の隣で、うつむき加減に彼の母親の様子を伺う。正面に座った彼の母親は少し顎を上げ、彼の顔をまっすぐ見つめる。そしてバームクーヘンを一口頬張る。

「あの子らも結婚するって言うてきたんやして」

“あの子ら”というのは彼の一つ下の弟カップルのことだ。

「あの子、おまんらよりイッコ年上なんやして。あの子ら先に結婚さしちゃってよ。おんなじ年に祝い事二つやったらアカンのよ。そやさかい、おまんらは来年にしちゃってよ」

“あの子”というのは彼の弟の彼女のことだ。

 

要するにアタシたちは順番待ちということか。本当にそんな言い伝えがあるのか不明だけれど。

閉口するしかない。彼の母親の勢いには到底敵わない。そんな気がする。アタシの胃から酸っぱいものが上がってくるのがわかった。

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