期限付きの女 | POST blog

期限付きの女

『期限付きの女』

作:脇田唯



あった。

よかった。…まだあった。

私は最近、コンビニに入ると真っ先に紙パックのジュースが売られているコーナーに向かう。
そして、赤い群れを見つけると、心から安心するのだ。
黄色いレモンティーの隣に赤い紙パックのアップルティーが並ぶ。アップルティーには『期間限定』という文字が刻まれている。

———あたしにピッタリだ—————

はじめてコンビニで見つけたとき、なぜか、すんなりと、そう思った。
以来、ここ二週間くらいずっと買い続けてしまっている。
この飲み物やお菓子につく『期間限定』という言葉は何とも曖昧だ。
いつまでか分からない。
売り切るまでなのか、それとも、店頭には書かれていないだけで、ホームページなどを調べれば明確な日付が分かるのだろうか。
いずれにせよ、ほとんどの客は、ホームページを見てまで、その限定された期間を知ろうとは思わないだろう。
売られなくなったら、そこまで。並んでいるから手に取るだけ。
期間が終われば、また、何事もなかったように、いつも売られているレモンティーを買うだけのことだ。
その内、アップルティーのことなんて忘れてしまう…。

遠山先輩とあたしが秘密の関係になったのは、つい一ヶ月前のことだった。
遠山先輩には高校から付き合っている彼女が居る。
あたしはそれを知っていた。
遠山先輩も、あたしがそれを知っていることを知っていた。
だけど、あの日、彼氏にフラれて泣いていたあたしに、遠山先輩はキスをした。


あたしはすっかり本気にしてしまった。


遠山先輩は私を抱きしめる。
遠山先輩は私をご飯に誘う。
遠山先輩は私をドライブに連れていく。
遠山先輩は私と手を繋ぐ。


だけど、遠山先輩には彼女が居る。


深夜に電話してきたり、ハートマークのついたメールを送ってくる。
クールで有名な先輩が、私の前では別人のような顔をする。

だけど、先輩はその先は話さない。
私のことを家には入れてくれない。いつも会うときは外だった。
少し街の中心地から離れた所でのデート…。

最初は、色んなとこに連れていってくれてるんだと浮かれていたけど、少し冷静になって分かった。

———あぁ、彼女と鉢合わせしない為だったんだ——————

なんだ。なぁーんだ。私にデレデレのメロメロなのかと思ったら、ちゃんとそういうこと考えてるんだ。

悔しくて涙が溢れた。
そんな時、コンビニで目に入ったのが真っ赤な真っ赤なアップルティーだった。


『期間限定』


私はきっと彼女さんの代打だったんだ。
レモンティーに少し飽きちゃって、アップルティーに手を出しただけ。
でもアップルティーは期間限定。
いつかは、またレモンティーに戻っていくんだ。
そして、また、遠山先輩は、レモンティーに飽きたら、マスカットティーに、ピーチティーに、もしかしたら、キャラメルミルクティーにも手を伸ばすかも知れない。



だけど、きっと、遠山先輩は、いつだって、レモンティーに戻っていくんだと思う。



期間限定のあたしは、所詮、ずっと変わらないレモンティーに、一生勝てないんだと思った。



『さよなら』



私から、そう告げた。

遠山先輩は、引き留めなかった。
一つも、一言も。
嘘ですら、引き留めてはくれなかった。


帰り道、コンビニに寄る。
あのコーナーへ、私は駆け寄る。


そこにはもう、アップルティーは置かれていなかった。





携帯電話が鳴る。

遠山先輩からだった。


『ごめん、俺、やっぱり、お前と…』


『違いますよ。先輩。』

『えっ…?』


『先輩、ただ、今、勘違いしてるだけです。私とは喧嘩もしてないし、甘い部分しか知らないから。だけど、きっと、私たち、付き合うとか、違うと思います。』


『………ごめん。』


『彼女さん、大切にして下さい。それじゃっ…』


電話を切るまでは何とか我慢出来た。
だけど、電話を切った瞬間、コンビニの中だということも忘れ、私の目からは、大粒の涙が溢れた。

遠山先輩が自分より彼女を選んだことや、遠藤先輩と付き合えなかったことが悲しいんじゃない。
自分が、ほっとしていることが一番悲しかった。


あたしも、遠山先輩もただ『今』寂しかっただけだった。
あたしも、遠山輩も『期間限定』の恋に逆上せることで、本当の恋の苦しい部分を忘れようとしてただけだった。

あたしはずっと、被害者みたいな気持ちで居た。
彼女が居るくせに私に手を出した先輩を心のどこかで責めてた。


だけど、先輩を利用してたのはあたしの方だったんだ。

彼氏にフラれた悲しみを、遠山先輩とアップルティーに預けていただけだったんだ…。





その後、何年か経って、遠山先輩が結婚したという話を噂で耳にした。
コンビニでは、期間限定だったアップルティーは、その人気により、復活し、さらにレギュラー化している。
私は今もアップルティーが大好きだ。





そして今、私の隣に居る彼は、アップルティーを飲んでいる。