- 半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)/村上 龍
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出版当時は「近未来」だった、2011年の日本が舞台。北朝鮮から来た9人のコマンドが開幕戦を開催中の福岡ドームを占拠して人質をとり、その後戦闘機で降り立った500人余りの兵士が福岡市を制圧してしまう。弱腰の日本政府は九州を封鎖してしまい、やがて半島から12万人の後続隊が船で福岡を目指す。自衛隊も米軍もテロを恐れて動けず、警察の反撃もあえなく失敗する中、唯一抵抗をあきらめなかったのは社会からはみ出した奇妙な若者たちだった……
というのがあらすじなのだけれど、とにかく圧巻なのはディティールの精密さ。日本の政治や軍事はもちろんのこと、北朝鮮の庶民の暮らし、兵士の思い、風習の違いなども決して手を抜かずに描いており、とにかく視点が公平なのだ。
登場人物も政治家、官僚、新聞記者、TV局のディレクター、プロデューサー、女子アナ、バーのマスター、市役所の職員、医者、浮浪者、詩人、暴走族、建設技術者、武器密輸業者、爆弾マニア、毒物マニア、有閑マダム、殺人犯、薬品業者、警察官、タクシーの運転手、北朝鮮の官僚、医者、兵士、庶民など、あらゆる階層におよぶ。物語は北朝鮮のテロリストとの戦いを軸にしながらも、特に主人公を固定することなく、これら膨大な登場人物それぞれの視点から描かれていく。占領者=悪、という単純な図式で現実はくくれない。占領者と被占領者の間にも心の交流や共感はあるし、時に淡い恋心も芽生える。すべてがきれいに解決できるような「正義」や「絶対的な愛」などというものは、幻想にすぎないということがこの本を読むとよくわかる。悪人も善人も賢者も愚者も、それぞれの思いを胸に懸命に生きていて、各自の世界にとって最も正しい行動をとるほかないのだ。
一人の非行動的な主人公が出てきて、くどくどと悩みを告白するといった日本的な「文学」の世界とは、「半島を出よ」は全く無縁だ。けれども、そもそも長編小説というものは純粋な美を煮詰めた宝石のようなものではなく、あらゆる情報をつめこむ雑多なものであったはずだし、たとえばバルザックやドストエフスキー、あるいはプルーストの芸術性はまさにそうした「不純さ」ゆえのものにほかならない。小説は何をどう書いてもよいものだ、という意味のことを森鴎外は言ったそうだが、その言葉どおりのことを真の意味で実行できている作家は、日本では村上龍と筒井康隆ぐらいしかいないのではないだろうか?
……とまあ、いろいろ書きましたが、睡眠時間を削って読みふけった久しぶりの本でした。最近は本より映画のほうが面白いかも、と思うこともときどきあったのだけれど、やっぱり読書が一番楽しいと再認識した一冊です。