本質やるべきことがある時期であるにもかかわらず、本質的でないことに時間を費やざるをえないとき、つい苛立ってしまう。でも、基本的に人の生は、人の理性が考える「本質」とは遠くできているし、「純粋」という言葉は常にどこか胡散くさいものだ、とも思う。