猫の目

村上春樹の『海辺のカフカ』の中に、

ジョニー・ウォーカーなる奇妙な人物が

生きた猫の首を切って腹を切開し、

その心臓を食べるというシーンが出てくる。


彼はその行動を通して猫の魂を集め、

何か特別な「笛」を作ろうとしているのだ。


非常にグロテスクな光景だ。

特に僕のように猫好きの人間にとっては

再読するのも辛いぐらいに衝撃的な場面だった。


ところで僕は、猫の目が好きだ。

我が家で飼っている猫の目は

薄い青を帯びた緑色をしていて、

そのつるりとした球体は、

磨き上げられた大ぶりの宝石みたいにも見える。


短縮された月の満ち欠けを思わせる、

動きやすい黒い瞳孔もいい。

おかげで猫は、昼と夜とでは全然違った表情をする。


もし、この猫が死んだら――と、ときどき考える。


世の中には、死んだ動物の記憶をとどめるために

剥製を作るタイプの人たちがいる。

僕はそうではない。

それは抜け殻に過ぎないと思えるからだ。


でももし、あの黄緑色の目が

ビー玉のようにそのまま保存できるのなら、

あの敏感に光に反応する月のような繊細な黒い瞳も

そのまま残されるのなら。

僕はそれを引き出しにそってしまっておいて、

つらくなったときに開いてみるだろう。


などと、想像してみる。

それはなんとなくジョニー・ウォーカー的な

発想だと思う。


もちろん実際に目を保管するとすれば

ホルマリンに漬けるなどの処理をしなければ

ならないわけだし、

眼球の裏側などといったものも見なくてはいけない。

第一、死んだ猫のからだから目をくりぬかなくてはならないし、

言うまでもなくそれらは僕の望むところではない。


だから、僕にできるのは、猫が生きているあいだに

猫を大切にすることだけだ。

その目が美しいのは、猫が生きているからなのだ。


凡庸な僕の考えは、いつもそんな風に

当たり前の場所へ着陸する。


     ☆


そういえば昔、糸井重里が

「生きた犬の鼻を集めるコレクター」に関する

シュールな短編小説みたいなのを書いていた。

あれは面白かった。

確か、村上春樹との共著『夢で会いましょう』に収録されていた

と思う。


猫の目玉を集める話というのは

ポーとかボードレールあたりが詩にしていそうな

感じがするけれど、どうなんでしょうか。

ご存知の方がいたら、教えてください。


良い日曜日を。