アメリカのことわざに、こんなものがあるそうだ。


「ソーセージと法律は、作っているところを見ないほうがいい」


二つに共通しているのは、

こぎれいに出来上がった完成形とは裏腹にグロテスクな

製造過程。

確かに気分よく食事や生活を楽しんだりするために、

それはあえて見なくていいものなのかも知れない。


恋愛も、それに似ている。

どれだけ美しい詩で飾り立てられていても、

それは確かに誰かの血や肉や臓物からできたものなのだ。


でも、それを目の当たりにしてこそ、

はじめて恋を知ったことになるのも事実。


要するに、それに耐えられるかどうか、なのだと思う。