昨日から今日にかけて、商用にて名古屋~三重へ行って来た。気づいたことを幾つか。


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 名古屋駅前で味噌煮込みうどんを食べた。僕の家は両親が愛知出身のため味噌汁は常に赤だしであるから、あの独特の辛さには慣れている。ただ、うどんがものすごく硬いのには驚かされた。讃岐うどんもびっくりの腰の強さ、というより噛み切ると白い芯の見えるほどのアル・デンテで、あれはもしかして単に煮込みが足りなかったのではないか?


 気の弱い僕にはそれを店員に聞き正すことができなかったので、真相は藪の中である。


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 三重県の県庁所在地・津はひらがなで書くと「つ」である。というのはまあ至極当たり前のことであるが、駅の看板に「つ」とひらがなで大書されているのを見るのはなかなかスリリングな体験である。というのも実際に試してみるとすぐわかることだが、「つ」という一文字をじっとみつめているとたちまちのうちにゲシュタルト崩壊が始まり、それが「つ」という文字であることを認識できなくなってしまうからだ。


 「右肩上がりに膨らんだ丸い何か」

 「漫画で描かれる人の口」

 「微妙な曲線を描いたカーブ」

 あるいは「単独では発音不能な小さい『っ』」。


 単純なフォルムだけに、枚挙に暇がないほどいろいろなものに見えて来る。すごく不安だ。


 そして最後に「つ」の下に書かれた「津」という漢字を見て、ほっとするという仕組み。よくできている。


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 直接関係のない話だが、「津」という漢字は僕にとって最もバランスよく書くのが難しい字の一つである。


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 松阪牛で有名な松阪を通過したときに気がついたこと。「まつざか」と発音するのは間違いで、正しくは「まつさか」である。


 今度から松阪牛について語るときはきちんと「まつさかぎゅう」と発音しようと思う。尤も誰もそんなこと気づかないだろうし、第一「松阪牛」について発言する機会が今後どのぐらいあるものか見当もつかない。


 ただし、土地の人によると、地元の人でも「まつざか」と呼んでいることが多いのだそうだ。「茨城」をつい「いばらぎ」と発音してしまうのと似ていますね、と僕が指摘すると、そんなものですな、とその人は笑っていた。


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 電車の中でスタンダールの「恋愛論」を読み終えた。印象に残った言葉。


 誰からも好かれる人は、深くは好かれない。――第43の断章

 

 確かに、全く敵を持たない人ととは安心して一緒に過ごせるものだが、とりたててその人と一緒にいたいとは思わせないものだ。


 第一、誰かも好かれるのに必要なのは公平さだ。ところで恋をする上で、公平さなど何の役に立とう? 恋というものが根本的に不公平な好意のおかげで成り立っているということぐらい、子供だって知っている。


 欲するとは、ある困難に身をさらす勇気を持つことである。――第122の断章よりの抜粋


 恋に限ったことではなく、賭け金もなしに何かを手に入れようというのは虫が良すぎるというものだろう。負けると痛い目を見るから博打は面白いんだよ、と昔誰かも言っていた。