小説家で詩人であった井上靖が、こんなことを書いている。
(前略)私自身、長年詩を読んだり書いたりしている者にも、判らない詩が多く、判る詩の方がずっと少い。併し、みんな、それぞれの方式で、自分の詩的な想念を言葉の建築で打ち出そうとしているのである。ただ、天才の力か、あるいは偶然の力を待つ以外に、それが容易にできないのであろうというだけのことである。詩を書くということは天才の仕事であると言われるが、確かにこの精神の奥底に設けられる秘密工場の作業は、特殊な才能の仕事であるに違いない。 (第一詩集『北国』あとがきより)
これほど明快に詩というものを説明した文章はなかなかないと思う。そう、詩とは天才あるいは偶然の所業なのだ。そして井上靖はこの後、高名な詩人の書いた詩の中でも、「いい作品というのは極めて少いのではないか。一生のうちに何篇かの立派な詩が書けたら、その人は立派な詩人であるに違いない」と打ち明け、自分にはついに真の詩を書くことはできなかったと告白している。
井上靖という人はいわゆる芸術家肌の作家ではないし、名文家というわけでもないと思う。けれど、彼の文章には厳格なまでの素直さがあり、それが独特な格調を生み出している。そして、散文詩という彼の詩形のため、ここに抜粋するのが難しいのだが、井上靖の詩は、まぎれもなく詩人の詩だ。少なくとも、僕はそこから何かを感じることができる。
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ところで、僕は詩人ではない。断じて詩人ではない。それを厳密に断った上で、今日は僕のかつて書いた短歌を一つ紹介してみようと思う。言うまでもないことだが短歌だって立派な詩だ。本物の歌人でなければ真の歌は書けない。しかし、僕のような散文的な人間が「詩のようなもの」を書こうとしたとき、定型詩というのは確かに便利な形式であるに違いないと思う。詩を書こうとするアマチュアの人の多くは自由詩が「書き易いもの」と捉えて書いているように見えるが、実は形式のない詩ほど「詩」に昇華しにくいものはない。それでは、紹介します。
手にて成すなにごともなし霜月の湯船に浮かぶむくろ寂しき
大学生の頃書いたものだ。もったいぶったわりには大したことはない。
もしも万が一、「何か見所があるな」と思われた方がいるとしたら、それはこの歌が一種の「本歌取り」だからだ。本歌は、萩原朔太郎と並ぶ近代日本における最高の詩人(と僕は思う)、中原中也の「朝の歌」。ちょっと長いが、余りに素晴らしい詩なので、全文を引用する。
天井に 朱〈あか〉きいろいで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙〈ひな〉びたる 軍楽の憶ひ
手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦〈う〉んじてし 人のこころを
諫〈いさ〉めする なにものもなし。
樹脂〈じゅし〉の香に 朝は悩まし
うしなひし さまざまのゆめ、
森竝〈もりなみ〉は 風に鳴るかな
ひろごりて たひらかの空、
土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
できれば目で読むだけではなく、口ずさんでみてほしい。口当たりは決して柔らかくないが、そこから滲み出る諦念はうっとりするようなやさしさと憂いを帯びている。ヴェルレーヌばりの美しく無垢な世界。
中也の詩人としての才能は、この詩で一気に開花したと言われる。きっかけは、同棲していた恋人・長谷川泰子が中也を捨てて出て行ったことだった。泰子が出て行った先は、中也の無二の親友であり盟友でもあった評論家・小林秀雄だった。
本当はこんな解説なんか不要なのだと思う。これは詩だ。断じて詩だ。
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恥さらしついでに、その当時書いた歌をもう少しだけ紹介してみる。これはもちろん芸術ではないし、下手をすれば「表現」でさえない。ただの虚ろな独りごとである。そういったエゴイスティックな言葉を好まない人は、できたら聞かなかったふりをしてほしい。
ゆく水のつれなき君に焦がるるは滑稽である滑稽である
猫と共に畳を爪でむしりたし夜(よる)よな明けそ我眠るまで
にんにくを刻みパスタを茹でてゐる思ふこと何も成さぬこの腕
阿呆らしき歌を作りて我知らず夜になりにき足の指見る
君の指を傷つけたというコピー紙に嫉妬している冬の十六夜
若気の至りってやつですね。恥ずかしさを通り越して、微笑ましい。一応解説しておくと、2番目の第3句は「夜よ明けないでおくれ」の意味ですね。これでも白秋を真似たつもりなんでしょうか。最後の歌は俵万智を意識したのかも知れない。
ちなみにこれらは数年前のある一晩で書いたものだ。それ以前もそれ以来も、歌は書かない。
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今全文を読み返して、中也の詩のくだり以外全部削除しようと思ったんですが、まあ、たまにはこういう恥ずかしい記事があってもいいかなと思い、思いとどまりました。たぶん僕のブログの基本的なスタンスは「笑い」だと思うんですが、こういう種類の「笑える文章」もありますよね。数日したら思い直して記事タイトルごと消去しているかも知れません(笑)