- 三谷 幸喜
- オンリー・ミー―私だけを
兼好法師のエッセイ「徒然草」の中に、こんなくだりがある。
ある人が、
「関東の人の言うことは信用できるが、都の人は駄目だ。口先の約束ばかりして、誠意が感じられん」
と言ったところ、堯蓮上人(ぎょうれんしょうにん)という偉い坊さんが、こう切り返した。
「都の人は情け深いから、人の頼みを断りきれず、つい承諾してしまうのであって、悪意もなければ軽薄でもない。関東の人は無骨で人情がないから、いやなことはさっさと断ってしまう。連中が約束を破らないのそのためだ」
兼好は堯蓮上人の意見を尤もであるとし、都人を褒めている。
ええと、関東の人、起こらないで下さいね(笑) 吉田兼好という人は鎌倉時代の人だが、平安時代の王朝文化にあくなき憧れを抱いていて、とかく都の文化を良しとし、関東者を馬鹿にする傾向があるのだ。ともかく、兼好は約束を確実に果たすことよりも、人情に掉さして失敗することの方を尊しとしているらしい。
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ところで、「振り返れば奴がいる」や「古畑任三郎」、「新選組!」などのテレビドラマで知られる脚本家の三谷幸喜は、生粋の東京人である。東京人であるが、もし兼好法師が三谷さんに会う機会があったら、「すばらしい都びとじゃ!」と褒め称えるに違いない。
三谷幸喜は、それほどズボラで、しかも恐ろしく人のよい男なのである。嘘だと思う人は、幻冬舎文庫から出ているエッセイ集「オンリー・ミー」を読んでみるといい。
三谷幸喜はテレビドラマでは割りにシリアスなものも話もたくさん書いているイメージがあるが、本来は生粋のコメディ作家である。とにかく、ペンで笑いを生み出すことに命をかける男である。
僕は常々、笑いは大きく2種類に分けることができると思っている。
一つは他人をピエロにする笑い、もう一つは自分をピエロにする笑い。まあ簡単に言えば前者は「ツッコミ」、後者は「ボケ」みたいなもんだろう。
現代の作家で、「ツッコミ」で笑いを取れる代表格は筒井康隆と見る。
「やつあたり文化論」などの辛口エッセイは、まさに縦横無尽に世相を叩き切ることで笑いを生む。おまけに筒井氏は自らを「ハンサム」「金持ち」「人気作家」と称してはばからない。どれも超一流にほんとうなのだから、もはやイヤミとすら感じることができない。天晴れである。
そして、「ボケ」で笑いを取る現代最強の男こそ、三谷幸喜その人なのである。
さて、「オンリー・ミー」は実にさまざまな自虐・自嘲ギャグに満ちている。どんな話か。大まかに分類すれば、
1.仕事の締め切りに追われる話
2.情けない恋愛の話
3.自分の変な性格に関する話
という3つにカテゴライズできると思う。では、「オンリー・ミー」で紹介されるエピソードをいくつかご紹介しよう。
・「振り返れば奴がいる」の脚本執筆のため高級ホテルに缶詰状態となった三谷氏は、締め切りに追われた極限状況の中、1日数回の泡風呂を楽しみ、あわまみれで部屋の中を徘徊して浮かれた。
・同じホテルのプールで全裸で泳ぎ、とてつもない開放感に襲われた。
・学生時代のクリスマスの日、彼女をとてもオシャレなレストランに連れて行ったが、実はデニーズだった。
・学生時代の彼女の誕生日、「ちゃんこ鍋を食べたい」という彼女の夢を叶えるために、肥満した友人に力士の扮装をさせて同席させたが、彼女はやって来ず、肥満した友人と二人で鍋をつついた。
・チャゲ&飛鳥のライブに招待され、ルポタージュを書くことになったが、コンサート自体に関してはほとんど何も書かず、チャゲ&飛鳥と三谷氏の知られざる関係というテーマで全くの出鱈目を書きまくり、チャゲ&飛鳥のファンに非難を浴びた。(でも、この「ルポ」は最高に馬鹿馬鹿しくて面白いです)
・ファミレスで原稿を書いていたら恐ろしく無愛想なウェイトレスが現れたのに義憤を覚え、手を尽くして嫌がらせをした。
・学生時代、母親の経営する喫茶店で一人で店番をしていたらたくさん客が来て恐慌に陥り、客を放置して蒸発した。
……などなど、まあ公平に見て、かなりの駄目っぷりである。僕も駄目っぷりではけっこう自信があるけれど、三谷氏の駄目っぷりの足元にも及ばない。
おっと、こんなことばかり書いていると、しまいに三谷幸喜ファンに呪い殺されそうだ。僕はもちろん三谷幸喜のファンであって、ワルグチを書いているわけではない。自分をそこまでネタにして笑いが取れる三谷氏の作家魂がすごくすごく好きなのだ。自らを切り売りするその壮絶な姿は、さながら「明るい太宰治」である。
それからもう一つ、これが大事なのだが、三谷氏の(あるいは三谷氏の文章の)滑稽さは、決してネガティブな地平から生まれない。氏の純朴さ、人のよさ、やさしさ、正義感、子どもらしいシャイさ、笑いへの情熱、そうしたさまざまなポジティブな感情が、僕らを笑わせてくれるのだ。だからこそ、三谷幸喜のつむぎだす笑いはとても爽やかで、温かい。
三谷幸喜は頼まれた仕事が断れない。いい人だからだ。それを皆が分かっているからこそ、締め切りに遅れても彼を憎むことができない。……まあ実情を僕が知っているわけではないし、もちろん脚本家としてそれだけの実力を持っているから許されるという部分が大きいのは当然だろうけれど。
ちなみに僕自身も相当人がいい。ただし、人はいいがそれほどいい人ではない。
というわけで、頼まれごとはほとんど断れない。快諾の嵐だ。やがて必ずツケが回ってくる。後悔の嵐だ。どうしようかと困っているうちに人に迷惑がかかる。これはとてもつらい。
願わくば、三谷さんのように、弱さを武器にした生き方がしたいものである。弱さは時に、強さよりも強いのだ。