雪深いプラットフォームを進み、無人駅のゲートを出た所で、小鳥が一羽死んでいた。

突っ立ったまま、しばらく考えた末、やっぱり埋めてやろうと思った。
と言っても、どこもかしこも雪が深い。桟橋に続く小道に面して切り立った斜面に、雪の少ないところを見つけて穴を掘り始めた。
適当な長さの小枝を使って掘るのだけど、すぐにポキンと折れてしまう。
何本か追った挙句、ようやく適当な深さにまで掘れた。小鳥を恐る恐る両手で拾い上げ、穴に埋める。どうでもいいことだが、小鳥の目を閉じた顔を実は今までそう見たことがないことに気が付いた。目を閉じた鳥の顔はとても安らかに眠っている寝顔のように見えて、何やら親しみを感じる。
粗末なお墓を作り上げて、ふと桟橋に目をやると向こう岸の街に渡るフェリーが行ってしまった。

オーストリア中部にあるハルシュタットという街に来た。
ザルツブルグから列車を乗り継いで、約2時間。
この辺一帯は切り立った峻厳な山々と、幾つもの湖が風光明媚な景色を織り成している。たびたびCMや広告などの撮影にも使われるらしい。

なるほど確かに美しいところ。
空気は透き通り、巨大な岩山の頂までくっきりと見える。
岩山は稜線を描かずにまっすぐ湖に落ち込んでいる。
湖の水は透明で、湖面には陽の光がきらきらと光る。
そして、音。
静寂という音があるということを知った。
それは小さな粒子で、徐々に耳から進入して三半規管を埋め尽くしていく。

湖と岩山の間のほんの小さな隙間に、人間の作ったささやかな街が見える。
無人駅と桟橋と静寂だけのこちら岸から見ていると、誰も住んでいないような気がする。本当は暖炉があったり、おかみさんが台所で料理を作っていたり、小さな市場も、飲み屋の一軒くらいもあるはずなのに、そういう生活感が殺ぎ落とされて見える。
次のフェリーが来るまでの1時間、陽のあたるベンチに腰掛けて作り物の街を眺めていた。

空は青く、湖はきらきら光り、岩山は鋭く高く、作り物の街はますます遠かった。
至福の1時間は埋めてやった小鳥の贈り物だったのかもしれない。