靴が気になっていた。

いま履いているスニーカーは、どう考えても真冬のザルツブルグを歩くのに適しているとは思えなかった。
すごく通気性が良いので、すごく冷える。30分も歩いていると、親指の付け根がしびれてくる。おまけによく滑る。

最初は東京を発つ時だった。来月、バルセロナで合流する予定のクマコは旅慣れていない。いろいろアドバイスをした。例えば靴も。

「とにかく歩きやすいスニーカーにすべし。ほれ、これみたいに」

と持ち上げた右足のスニーカーを見て彼女は言った。

「上履きみたい…。」

な!なにをー!!!
プーマだよ、プーマ!
おまけにこりゃあ、モッズヘアでスタイリストやってるタムちゃんと一緒に買いに行って、お揃いで購入した一品だぜ!
すごくスタイリッシュなスニーカーなんだよ!
それを捕まえて、「上履き」とは何事か!

でも、そのひと言は頭の中で振幅を繰り返し、どす黒い疑問を引き起こす。
色も白いし、
ラバーもつるつるしてるし、
なんか、体育館履きというか、やっぱ上履きっぽいかも…。

ザルツの中心街。中世の趣を現在まで伝える連なる石の建築物、そして石畳。雪が踏み固められ、その下の氷が石畳を覆う。昼も夜も、坂道も平らな道も、とにかくよく滑る。周りを見渡せば地元の方々の靴はごっついブーツだったり、スノトレのような防寒靴だったり、黒かったり茶色だったり、とにかく自分の真っ白いスニーカーがひどく場違いに見える。それに何となく場違いなスニーカーに稀有の眼差しが注がれているようにも感じてくる。

ツルっと滑るたびに、
「ぷっ!雪道の歩き方も知らねーのかよ?」

ズルっとこけるたびに、
「ぷぷっ!アホな東洋人が上履きで来てやんの!」

るせー!
俺は群馬の雪国育ちじゃい!
雪道の歩き方くらい心得てるわい!
ただ、この靴があまりに滑るんじゃい!

ちがーう!
だからといってこれは上履きじゃない!
断じて違う!
これはスタイリッシュなスニーカーなんだ!

稀有の眼差しと、寒さと、歩きにくさと戦うこと4日間。
5日目、ついに白旗をあげた。
たまたま立ち寄ったショッピングセンターで、アルバニア製のウォーキングシューズを購入。
いやー!歩きやすいし、暖かいし、他の人の視線も気にならない。
こんなことならとっとと買うべきだった。やはり、旅に靴は重要だ。