黒沢清監督「岸辺の旅」(2015年)をBSで見る。

 

 三年前に失踪した夫(浅野忠信)が突然妻(深津絵里)の前に現れる。彼はすでに死んでいるのだ。妻は驚くこともなく、彼を受け入れる。夫はふつうに「おれ、死んだよ」とはなし、まるで日常生活が戻ったように平然と会話する。

 「うちに入ってくるんだったら、靴ぐらい脱いでよ」

 「あー、すまんすまん」

 

 夢か現か・・・妻は夫とともに、彼の過去へとさかのぼって一緒に旅をする。走馬灯のような夫の生きざま。

 

 新聞配達の手伝いをしていたころ、大衆食堂で餃子を作っていたころ、信州の山奥で塾のようなものを開いて村人たちにアインシュタイン理論をわかり易く教えていたころ・・。どこでも彼の存在は快く受け入れられていた。そういう過去を持った男だったのだ。

 

 妻はなんの疑問もなく、夫と旅を続ける。しかし、だんだんと夫は“あの世”へと旅立たなければならないことを知る。指先の感覚がマヒしてものを落とす。魂が肉体を捨てていく段階に入ったのだ。

 

 「ずっとこのままでいたい」と妻は言う。

 

 しかしそれはかなわぬこと。夫はもうすぐ“あちら側”に旅立ってしまうのだ。

 

 「此岸」と「彼岸」。その淵でさまよう二人。まさに「岸辺の旅」。

 生きている者は、親しかった者の死を受けいれられず、死んだ者は、この世に執着を残しながらも「逝かねばならない」という。

 

 壮大なオーケストラが映画を盛り上げる。久しぶりに映画音楽の効果に感動した。作ったのは「あまちゃん」の音楽を担当した大友良英と江藤直子。「暦の上ではディセンバー」。

 

 浅野忠信が朴訥としていて、当たり前の夫を好演。日常と非日常の両面を怪しく演ずることができる特異なキャラクターを持った俳優だ。

 

 死んでいった者と、生き残った者、双方の「生」への執着。

 此の世での人生、人の命とは…。深遠な課題を、思い切った発想で描いたすぐれた作品だと思う。