
新藤監督作品は結構数多く見ている。
「愛妻物語」から「原爆の子」「裸の島」「鬼婆」「裸の十九歳」「竹山ひとり旅」「墨東奇談」「三文役者」など・・・。
「一枚のハガキ」の後半は、豊悦が死んだ戦友のハガキを持って行くところから。
ふたりの夫も義父母も死に、たった一人で野垂れ死にを覚悟して、家を守って生き続けている嫁の友子。
電気も水道も引かず、芋粥などすすりながら貧しく生きているところへ豊悦がやってくる。
「ご主人は確かにあなたのこのハガキをわたしに読み聞かせ、その後フィリピンへ向う船が撃沈され亡くなりました」と告げて立ち去ろうとするが、引き留める友子。
「そうか、だから遺骨もなかったんだ。私は、戦争を呪うて生きて行きますよ」絶叫する友子。
豊悦は日本という国に絶望し、ブラジルへ移民するつもりだという。じつは彼も帰郷したら、自分の実の父親が嫁と関係が出来てしまい、遁走していたのだ。家のなかはもぬけの殻。
彼もまた戦争により家族を壊された犠牲者だった。
二人はここで同じ境遇であることに共感する。
彼のために川から水を運んでくるシーン、これはまさに「乙羽信子」であり、「裸の島」の名場面だ。
「三文役者」でも殿山泰司の役を竹中直人が演じて、このシーンがあった。こういう場面を見ると新藤兼人という人は「土着的」な監督だったと思う。
また、時代を切り裂くような作品を作りつづけた監督だった。いつも事件や人間に関心を持ち続け、戦争を憎み、「墨東奇談」などで男女関係についても深く掘り下げていた。
年齢を感じさせない色気というか若さを、本人も作品にも持っていたと思う。大竹しのぶがじつに色っぽく感じたのは私だけか。
でも結局は「家族」の問題に一番関心があったのではないかと思う。
そして「家族」を崩壊させた国家惡、すなわち「戦争」というものを憎み続けていた監督だったと思う。
「戦争のバカヤロー!」
これが新藤兼人「百歳」の警鐘であり、遺言だ。