「女子教育刷新要綱」が閣議決定されたのは、1945(昭和20)年のこの日のこと。連合国軍総司令部(GHQ)からの学校教育民主化など5大改革の指令を受け、幣原喜重郎内閣が決定したもの。ここには女子大の創設や大学の男女共学実施などが盛り込まれ、これを受けて1948年に津田塾、東京、聖心、神戸女学院など5つの女子大学が新設された。