「なにもない」
田畑や森が広がる長閑な地域を、こう呼ぶ人が多い。
都会には飲食店や百貨店、役所や公的な交通機関もそろっている。
人間が生活していくために便利が追及され、淘汰され、洗練されていく。
そういう意味では「なんでもある」のかもしれない。
「なにもない場所」には、豊かな自然と新鮮な空気、ゆったりとした時間の流れがあり、
「なんでもある場所」には、高度な技術・知識が凝縮された商品やサービスがある。
「なにもない場所」はつくることが出来ないが、
「なんでもある場所」はつくることが出来る。
「なにもない場所」と「なんでもある場所」、優劣付け難い二つの場所は、
世界中の国や地域で共存し、人の移動と共に移り変わっていく。
今後はどこに「なにもない場所」ができ、「なんでもある場所」がつくられるのだろうか。
「なにもない場所」に行くのか、「なんでもある場所」に居るのか。
僕たちはそれを自由に選択ができ、存在することができる。
「場所」ではない場所にそれはもうできていて、常に移り変わっている。
