第三十三話 不要の能
凪哉は犯人たちを、殺す気だ。
完全に目つきが変わっている。大衆の心臓を突き刺すほど鋭く、どんな者でも黙らせるような静けさを兼ね備えたその視線へ。彼の体中から放たれる痺れる殺気。冷徹な笑み。
駄目だ。行かせちゃいけない。行ってしまえば、
――自分のように成ってしまう。
「行かないで! 凪哉あんたは、罪を犯そうとしてるんでしょ」
希依の渾身の忠告にも耳を貸さず、止めていた足を動かして凪哉は店を出てってしまった。
なんとかしなければ。
希依があくせく思考を巡らせていると、静かに二人の話に耳を傾けていた右隣の女性店員が、「ねえ。私が言うのもなんだけど、心配しなくても大丈夫じゃない? 彼っていわゆる超能力者なんでしょ。さっきだって何もないところから針みたいなの作ってたし。絶対、とは言い切れないけど万事解決してくれるんじゃないかな」と言ってきた。また、その他の店員もこくりこくりと頷いている。
違う。自分が心配しているのは凪哉の体や命ではない。
「……確かに凪哉なら犯人を一人残らず倒してくれることも出来るでしょうね」
「だったら――」
「でも、それじゃあいけないんですよ! だって彼にとっての『敵を倒す』ってことは多分……『敵を殺す』ってことなんですから」
希依が心配なのは彼の心。そして必然的に負うことになる罪。
どうにかして凪哉を助けなければ。狂気に満ちた彼を。
「……殺すなんて。いくらなんでも」
そんな大げさな、とでも言いたそうだったが、希依の剣幕に、気迫にこの場の全員が何も言えなくなってしまい、それきり口をつぐんでしまった。
助けるとは言ったものの、まずはこの縄をなんとかしなければ始まらない。でも、さっき凪哉も思った通り、『破』の能ではどうしようもできない。
できることは自分の周りに半球体を展開することだけ。それを縄に触れさせるなど不能。
そう思って思考を止めていたのだが。
今一度、考え直し、そして策が生まれた。
希依は指先で縄に触れ、ビビビと電波の如く脳に伝達される、縄の情報。また奇怪な文字が数十個と頭に浮かんでいる。
能を使うのは387のとき以来だが、きっとできる。というより、できなければならない。
「んっ……!」
希依の黒髪が、風に吹かれる木の葉のように揺れて、『破』の半球体を展開。まずは成功。問題はここから。
希依は瞼を閉じる。集中。全神経を半球体へ向かわせる。
コンマ一秒でも気を抜いたらアウト。最初からやり直しになってしまう。
――ズ……ズズ……ズズズッ!!
かけ声とほぼ同時に、ゆっくりと希依を囲っていた半球体がしぼんでいく。十秒程かけて、ようやく半球体は半分の大きさになった。
もう少しだ。もう、少し……。
希依はより一層神経を半球体に向ける。額ににじんだ汗の一粒一粒が床、コートにしみをつくるごとに気が散りそうになるが、何とか堪え、希依の思いに答えるかのように半球体の縮まる速度が上がった。
そしてまた十秒すると希依の眼前にて、半球体は滑らかな球体へ変形し終わった。
ここで希依はようやく開眼。
球体に未知の引力が働いたかのように希依の右肩に入り込んだ。
右肩がほのかな白銀の光が宿ったかと思えば、その光はそのまま下りていき、右手で留まった。それから一瞬にして、両手を拘束していた縄が消滅。
成功だ。
「ぶっ、はぁ。はぁ。ふぅ~。結構疲れるわね、これ。今回きりにしよ」
希依は深呼吸をし程良くクールダウンしてから足の縄をほどきにかかる。すでに光を失った手で。本当ならあの光を足まで持っていきたかったのだが寸前で自分の集中力のキャパを越えてしまったためにあえなく断念せざるおえなかったのだ。
希依はほどいた縄を店内のゴミ箱に捨て、「うーん……、はぁ~」と伸びをする。
第一の問題を解決して、とりあえず安心。でも本題はまだだ。凪哉を助けること、つまり凪哉には誰も殺させないことが本来の目的。
何気なく、希依はその場で準備体操。戦闘で邪魔になるであろう髪を一本にゴムでまとめ、意志を固める。
やってやろう。
次回第三十四話「無残なる光景」