時にいつの間にか、時にあっという間、時にようやくという様々な中で2018年も年末を迎えた。
コン年度は、中盤からはほとんどがいつも通りの日常を他にありそうにないような中で過ごしていたに等しいような年だった。
今この記事を書いている時も、それなりの事をした以外は『昨日の今日』をいつも通り過ごしているように送った日だった。
コン年度は、正直今まで以上にあっという間に過ぎたと真っ先に言う事が出来るほど早い一年だったとあらためて思う。
その背景は、やはりそれなりに色々あった事と、何よりそうなるような日々を普通に過ごしていたからだろう。
しかしその反面、コン年度は、こういった事に通じる形で大きな転換期でもあった。
一番の出来事はやはり、市川を発ったという事であろう。
当時は、そうなった後の『今考えられる中』での不安があり、実際それを乗り切るまでの事が色々あって大変な中にいたが、いつしかそれも何の前触れもなしに今はそれなりに収束して、ひとまず今も『私だけがわかっている新たなこれから』に向けた事に邁進している。
もちろん、『今は』それに向けた事を心置きなく行えるモラトリアムとして与えられている事である以上、今の平穏を過信せず、あくまでここから新たなこれからへ変わっていけるようにしなくてはならないのも忘れずに…
コン年度は、一言でまとめると『再スタートの年』だったと言えよう。
2018年は、新たなこれからを築くために、今までの事から全て脱却して新たなこれからを築く事に通じる事に1年を捧げる年だった。
その最初を飾ったのは他でもない市川を離れ、故郷に戻った事であろう。
当時は、むしろ再スタートできるかどころか、故郷に戻ったらそれに通じる事が出来なくなると真っ先に思っていたので、正直不安だった。
しかし、今となってはそれは今のままではそういう可能性はあるが、今後の私の在り方次第で今はまだ気づいてないに過ぎない形で新たなこれからに向けた事が出来るようになるものだったと、実際その通りにする形であらためて実感した。
本当の事は、その時にならなければ明確にわからないものというわけだ。
それをみすみす逃す形で今既にわかってるに過ぎない事をこの後も今まで通りにするか、すぐに実感はわかなくても、新たなこれからに通じる事を見つけてそれを実行していくかのどちらかなのだ。
コン年度は、変わる事における今まで気づかなかった事に気づき、それのもとで実行出来た年だったとも言えよう。
故郷に戻った後、私はこれまでの事を一新する形で私の在り方を変える事が出来た。
その中には、市川にいる間は気づかないどころか、『これが普通だ』と主観的に納得していた在り方にあらためて間違っていた事に気づいて直したのもあった。
あらためて思うと、私はこんな間違ってる以外の何ものでもない事を普通の事と自然に思うほど納得していたのかと痛感した。
あらためて日頃の行いや日々の在り方の恐ろしさを実感した。
ひそかに私は色んな難に見舞われていた昨年の夏、故郷に戻るよう言われた事があった。
私もひそかに薄々市川での暮らしが既に限界が近いと感じていたので、それも一理あると思っていた。
しかし、先ほども述べていた『(今考えられる事を踏まえれば)故郷に戻れば新たなこれからに通じる事が出来なくなる』という理由と、何より私のこれまでの不甲斐なさの焼きがまわる事による地獄を見るのを恐れたがために、私はあくまで市川にいる間にどうにかするという理屈のもと、結局どうにか取り繕う形で市川に再び残るのを選んだ。
しかし、結局これは単に市川にいる事への執着による一時的な逃げでしかなかったのだと私はあらためて思う。
今思えば、どっちにしろこうなるのだったらそれこそ昨年の夏に潔く故郷に戻ってやり直した方がよかったのかもしれない。
そうすれば、もっと早いうちに私の在り方を今のような(少なくとも、当時より遥かにマシな)在り方に変える事が出来ていた可能性はあっただろう。
ただそうでありたいという理由だけであくまでしがみつく事をするのは、しばらくはその通りにはなれど、それは決して続かず、やがてはしがみついていた事を後悔する以外の何ものにもならないのだと私は悟った。
この経験は、私に『本当のこれからを築くための潔さ』を持つ事の大切さを初めて実感させてくれる機会となったのだった。
ようやく今までの事から離れた事により、すぐではなくても最終的にそこに辿り着いた形で今までにない変化と発展を遂げる事が出来た。
こうなれたのも、他でもない『潔く今までしがみついていたところから離れたから』である。
思ってみれば、私が新たなこれからを築く事に通じる事に出会えたのも、『今までいたところから思い切って抜け出したから』だった。
3年前のあの時も、それにたどり着くまでは決まっていつも通りの日々を過ごしていた中から『私自身を磨きなおそう』と2014年に初めて決めて、新たなこれからを築いたからこそ成り行きのもとでそうなれたのだ。
今のままでもどうにかなってるという理屈のもとで結局今まで通りでいたら2015年にあった転換期はなかったであろう。
全ては、『今まで通りでいなかったから』こそあった事なのだ。
そして今、私はそれを私の在り方全ての規模で再び形にしようとしている。
もちろん、今はまだそうなる真っ只中なので、実際の事が起きるまでは気を抜かずに邁進していく。
コン年度は、私にとって『変化を受け入れ、生まれ変わる年』だった。
それは私が思っているような事になかなかならず、時に試練を伴う事もあったが、今となったはそれは『今までの私全てから脱却する事に通じるもの』だったのだと実感できる。
来年度は、それに続く勢いで真の新たなこれからを築いていける年になるであろう。
それを形にするために、今もこの後もあらためて進んでいく事にする。
きつねさん。
もうすぐだよ。