2015年。
この年は、私にとって大きな転換期となった年だった。
コン日まで進めたのは、2015年の夏、私がきつねさんに目覚めたからと言っても過言ではない。
事の発端は6月の中旬の事だった。
特にやる事がなかった私は、ふとある事を思いついた。
それは、『きつねさん関連の話を作ってみようかな…』という突拍子もない唐突な事だった。
その事を思いつくきっかけとなったのはとある書籍だった。
今となっては、間接的ではあるが、これこそが私がきつねさんに目覚めるきっかけだったんじゃないかとあらためて思う。
それは、書店で頻繁に見かけてはひそかに気になっていた角川つばさ文庫の『ごんぎつね てぶくろをかいに』という書籍だった。
私が最初その書籍に惹かれたのは内容ではなく、『表紙のイラスト』だった。
そのイラストは『てぶくろをかいに』をもとにしたイラストだった。
表情が一目で伝わるほどかわいいきつねさんのイラストがとても印象的で、今まで見た中でもずば抜けていいものだった。
特に印象的だったのが、表紙のかあさんぎつねのイラスト。
我が子を見つめる顔がまさしく『理想の母親像』と言えるとても素晴らしいイラストだった。
このかあさんぎつねのイラストは、本編にもこぎつねくんの前足を手に変えようとしているシーンでも描かれており、ここでも母親像を象徴する顔で描かれている。
このきつねさんのイラストに一目ぼれした私は、『他にもこの人が描いたきつねさんのイラストってないのかな…』と思い、その後に『誰かまたこういったきつねさんの話を出してもらえないだろうか』と考えるようになった。
その時、どこかで第三者が言ったように私の中でこんな声が聞こえてきた。
『ああーーーーーーーもお!!だったら、アンタが書きゃあいいだろ!ひそかに本格的な書き手目指してんだろ!』
…そうか、私が書けばいいのか。
少なくとも、そうでもしなきゃきつねさんが登場する話自体しばらくはないだろうからね…
そういうわけで、私は早速きつねさんの話を構想する事にした。
この時はまだ目覚めになるまでには発展していなかった。
しかし、これが後の目覚めの夏へと通じていったのである。
8月。
私は、ついに本格創作をリアルでスタートした。
ウェブ上には書いた事はあったが、リアルで書いたのは6年ぶりだった。
一応リアルで創作していた時はあったのだが、結局挫折して終わっており、ひそかにそれっきりになっていたのだ。
そんな中、私は創作のモチベーションを上げるためにとある書籍を購入した。
その書籍は、構想した話の元となった話だった。
その話はコン回の構想を通して知ったものではなく、ひそかにだいぶ前に存在を知ってからそれっきりになっていたものだった。
当時から約6~7年前、私が神奈川にいた頃にふと見かけて一度手にとって大まかに読んでからそれっきりになっていた。
6月にきつねさんの話の構想している時にふとそれを思い出し、いつの間にか当初構想していたのとは別の話になる形でその話を着想元にした話が出来上がっていた。
今思えば、なぜいきなり完全にそれる形でこういう話になったのかいまだにわからないでいる。
ちなみに、この話になる以前に構想した話は『ごんぎつね』における『ごんがいたずらをしている背景』を着想元にした内容の話だった。
そこからどういう展開にするかを色々拾ってるうちにいつしか話の内容が新たによぎった話寄りになり、やがて完全にそっちになったのだった。
元々角川つばさ文庫の表紙で惹かれたのは『かあさんぎつねのイラスト』だった事もあり、それならごんのようなきつねさんよりもかあさんぎつねをテーマにした話の方がいいと自然に思ったからなのかもしれない。
そして、その購入した書籍も、紛れもないかあさんぎつねをテーマにした話だった。
ちなみに、購入したものには、画像にも既にあるように角川つばさ文庫の『ごんぎつね てぶくろをかいに』も含まれていた。
全ての事の発端はこれだからね。
着想元だけでなく、これも忘れずに…
神奈川で見かけた時は大まかに読んで済ませていたので、あらためて本格的に読む事にした。
神奈川で読んだ時は、大まかな流れだけ読んでいたからなのか、あらためて読んだ時にその時には気づかなった大事なところに色々と気づいた。
その際、私はこの話から始まる形でひそかにきつねさんに対して今まで抱いた事のない気持ちを覚えていた。
それは、ただの感情移入にとどまらない、それを遥かに越えたようなもののように思えた。
そして、この本格的に読み進めた事がその後大きな影響を私に与える事となったのだった。
その話をあらためて一通り読み終えた翌日…
その日は、私が27歳の誕生日を迎える前日の日でもあった。
朝起きて、私がふときつねさんに関する事を思い浮かべた時、急にずしっとくるような感覚がよぎった。
その時思い浮かべたのは、きつねさんに関する話で、その内容はまさしくずしっとくるようなものだった。
それはまさしく、きつねさんに対する思いを本格的に抱いている事を直に表すような感覚だったと今でも思っている。
内容は確かにそうくるほどのものだったが、体の感覚に現れるほどずしっときたのは普通じゃなかった。
それ以降、私はきつねさんに対する思い入れが人一倍を遥かに上回るような在り方になった。
きつねさんの事がまるで『運命的な関係』を持っているかのように自然と本格的にそう思うようになったのである。
当初は一時的なものかと普通に思っていたが、この時さえもひそかにそう思っていた規模でそれが本物であると魂が言っているかのように実感していた。
それが他のところにも表れたように、私が今まで以上にきつねさんに気を向けるようになってから、私は今まで考えもしなかった事を頻繁に思いついたり、僅かずつではあるが今までよりも物事の進みが良くなっている実感を覚えたのだった。
それはまるで、『ようやく本当にやるべき事に気づけた』かのようだった。
私が『本当の生き方』を本格的に追及する事に敏感になったのはまさしくこの時だった。
そしてここから私、狐音ナオの新たなこれからが始まったのである。
8月30日になり、私はついに創作していたノベルを初めてリアルで書き上げた。
書き上げたノベルはそれっきりになったが、この達成が後に私のこれからに大きく貢献する糧となったのだった。
それ以降、私は色んな着想を拾い、いつしか本格的に行えるほど様々な事に通じるものを得ていった。
きつねさんへの目覚めは、きつねさんに対する本格的な関心にとどまらず、それを遥かに超越する発展へと通じていったのである。
今私がこうしてこれからに向けた事をひたむきにできているのも、全てはこの時起きた『きつねさんへの目覚め』があったからだと今でも思う。
きつねさんに限らない事も多く得たが、それもまずはきつねさんへの目覚めがなくては出来なかった事だった。
全ては、きつねさんという存在があってこその事。
まさしく私の人生はきつねさんに救われたものなのである。
きつねさんに対する目覚めの影響は、私の生き方にとどまらず、色んなところにも及ぶ事になっていた。
(『きつねさんに目覚めた後…』に続く)

