4月28日。
9年前のあの日から、私にとってこの日は特別な日となった。
そしてその特別な事は、ポケダン空の世代が終わり、リオルの世代が終わった後も続き、いつしかそれを遥かに上回る規模へと発展していった。
9年前のこの日、私は特にする事もなく、ひとまず気晴らしという形で偶然降り立ち、どういう場所か知っていた錦糸町にいた。
当時の私は、行った事がある場所しか行こうとしない引っ込み事案だったので、他にも色々訪問出来る場所があったにもかかわらずそこへお試し感覚で行こうともしなかった。
そんな中、ここ錦糸町は冷蔵庫を買うために偶然訪問しており、それなりに楽しめそうな場所があった方なので、訪問範囲になっていた。
その理由は、やはり全ての始まりとも言えるヨドバシカメラがあったからであろう。
一応、訪問出来る範囲には秋葉原もあったのだが、前もって知っていた頃、私には何かけばけばしいような雰囲気だったので、どうも行く気になれなかった。
今思えば、もし秋葉原に真っ先に訪問するようになっていたならば、私は錦糸町に行く事はなかったであろう。
なぜならば、私が錦糸町にゆかりを持ったのは、他でもないリオルが関係しているからだ。
2009年4月28日。
私は、全ての始まりである錦糸町に降り立っていた。
この時に限らず、私は存在を知った時から錦糸町にひそかに関心を向け始めていた。
それは、電車のアナウンスで『錦糸町』というアナウンスを聞いただけで、なぜかいい響きを覚える形で…
錦糸町に降りた私は、真っ先にヨドバシカメラに向かった。
今では他にもタイトーステーションやアルカキット、そしてオリナスや錦糸公園に向かうほど範囲は広がっているが、当時は一貫してヨドバシカメラにしか足を運んでいなかった。
だからこそ、このきっかけに会う事が出来たのかもしれないけど…
そこに関心を向ける事は、やがて狭い範囲での活動では物足りず、進んで色んなところに気を向ける事に通じているのであろう。
そのヨドバシカメラの入り口である『テルミナ』。
この入り口は9年経った今もその時の面影を残すように当時のままでいる。
私が当時の事を今もその時にいるように思えるのも、こういった当時のまま残された存在があるからなのだろう。
私は真っ先にゲームと玩具コーナーを目指した。
基本、こういう場所はマイナーな人でない限りはそこへ行くのが基本のはずである。
もちろん、そうでなくてもPCや電化製品などのコーナーに行く事もあるだろうけど…(私もそうだし)
私はいつものようにゲームコーナーを散策していた。
そして、このいつものようにしていた事がこの日、私の全てをいつもとは大きく違うこれからへと通じていく事となったのだった。
この場所のゲームコーナーは、珍しくデモプレイのコーナーがなかった。
もしくは、あったのかもしれないが、私が関心のあるゲームがなかったのかもしれない。
そのため、私は何の目的もなく、しばらくコーナーを歩いていた。
その時、ふと私はデモ映像が流れているモニターを見かけた。
当時流れていたのは、ポケダン空がメインだった。
基本、ゲームの内容について語ったり、放送されているCMを全て流しているもので、当時の私としては、ひそかに初めて見たものだった。
そして、しばらくCMが放送された後、私の運命を決定づけるあのCMが放送された。
このわずか一回の視聴が、今現在にも通じる私のこれからへと通じていったのである。
ポケダンのアニメCMは、空の前も何度か見た事があった。
しかし、それらは特に印象に残るものはなく、普通にスルーしていた。
当初は、ポケダン空のCMもそういう感じだった。
しかし、このCMは今までのポケダンのCMにはなかった印象に残るシーンがあったのだった。
それは…
このシーンである。
主人公のピカチュウに微笑むリオル。
この後、ふと見るとスカイフォルムのシェイミが現れ、飛んでいくシーンに通じるのだがそこは割愛されていただく。(待てや)
このほんのわずかなシーンだったリオルのこの表情に、私はリオル本人への魅力に限らず、今まで抱いた事のない色んな実感を覚えた。
そして、それはやがて私にポケモンを本格的に再開しようという決心と共に、それを勢いにする形で後に様々な事を行う事へと発展していったのだった。
全ては、リオルのこの表情から始まったのである。
ちなみに、私がこの日を『リオルの日』として覚えていた理由は、その時の事をわざわざ記事に書き残していたからだった。
https://ameblo.jp/trice/entry-10250839382.html
だからこそ、今この日を明確に記念日にする事が出来たというわけだ。
無論、それが後に大きく発展していく事は、この時は考えもしなかったが。
あらためて見直すと、リオルへの関心だけでなく、他にも色んな事が一度に起きていたわけね…
これらも、錦糸町への誼を表していたのだろうか…
私が錦糸町にゆかりと誼を持つようになったのは、他でもない全てのきっかけであるあのCMを偶然ここで見かけ、それによってずっと狭い世界にいた私の世界を一気に広げる事になったからだった。
今思えば、もしこの出来事がなければ、私はその後もずっと世界を広げないまま退屈な日々を適当に過ごすだけで終わっていたであろう。
リオルをきっかけに、私はあらためてポケモンを本格再開する決心をつけ、そこからポケセンに積極的に赴き、そこからさらにお台場や横浜など、今までにない世界を広げる事を積極的にやるようになったのである。
錦糸町への誼を基本に、それにとどまらない幅広い発展を遂げたのはリオルがいたからこそ出来た事。
私が、この時になるまで考えにすらなかった『世界を広げる事』をリオルが教えてくれたのだ。
きっかけのあのCMは、もちろんポケセンを基本に他のゲームコーナーにも放送されていた。
つまり、錦糸町のヨドバシカメラだけでなく、私がその気になれば訪問していた場所ならば、どこであってもこうなる可能性は普通にあったという事だ。
もしも、秋葉原のヨドバシカメラでこのCMを目の当たりにしていたならば、ゆかりは間違いなくここになり、私は錦糸町に足を運ぶ事は完全になくなっていたであろう。
色んな偶然が重なり、私は錦糸町とリオルの誼を築いたのである。
まるでそれは、私が錦糸町と縁があるかのようだった。
それはただ単に、冷蔵庫を買いに行く事や気晴らしに通う場所にとどまらない、それ以上の誼があるかのように…
リオルをきっかけに築かれた錦糸町へのゆかりと誼は、9年の時を経た今、ひそかに今までにない大きな発展を遂げつつある。
それは、私が昨年リオルの日の記事を投稿してから後に起きたある事をきっかけに、再び私に『今まで考えにすらなかった事』に気づいた事から始まった。
私としても、錦糸町にそれほどのゆかりや誼があるとはいえ、本格的にここまで考える事に発展するとは思ってもみなかった。
例えすぐに出来る事じゃなくても、近い将来出来ているという、根拠はなくても、少なくともそうなれる事が確定しているという形のもと、私は昨年、錦糸町に対する大きな決心をした。
錦糸町にリオルとの出会いにとどまらない誼があるのなら、きっとそれは形になる。
コン年度は、必ずそれを実現してみせよう。
今の私は少なくともその中にいる。
まだ不透明ではあるが、それに付和雷同に流されず、錦糸町への発展を遂げるために、今からも出来る限りの事に努めていく事にする。
今この時だって、きっとそれに通じている中にいるはじなのだから…
錦糸町は、リオル同様、私に多くのきっかけを与えてくれた。
ただ単に、リオルの出演したCMに出会わせてくれた事にとどまらず、それ以降も色んな事が錦糸町であり、それによって私は様々な発展へと通じる事となったのだった。
9年の時が過ぎ、ポケダンも世代も全てがあの時から大きく離れた時になってもこの日を忘れないのは、リオルの日がそれほど特別な日であり、それが今も様々な発展を築き続けているからである。
3年前の夏も、そのCMを見かけた場所だった玩具売り場で新たな本格的に関わる存在を見つけた。
当時の面影はなくても、『私に新たなきっかけを与えた』事は、新たな形となって再び現れたのである。
全ての始まりである『リオルの日』は、まさしくこういう形で今も生き続けているのだ。
そして、それは今この時もまた新たな事へと通じつつある。
今がどんな中であれ、私は今この時もこれからを信じて進んでいけるようにする。
きっとその先に、リオルの導きのもと、錦糸町に通じる新たな発展があるはずだから。
コン年度は、今まで以上にそれを築いてみせるよ、リオル。



