新たなスタートが幅広い場所でスタートする4月。
学校も職場も、それぞれが新たなスタートを飾っている事だろう。
私は、学校を6年前に卒業して以降、4月のそういった実感とはしばらく無縁だった。
マァ、それが私自身にこういった今の流れに通じる遠因になっていたのだろうが…
そういった流れを過ごして6年。
そして、今いる場所に降り立って9年。(いつの間にそんなに経っていたとは…)
コン年度、私は今までにない、4月というスタートを久々に実感する事となった。
先月、私はこれからに向けた事を様々な面で行っていた。
正直、先月は、これもまさしく3月という大きな区切りを迎える月を学校卒業以来の実感をする月であった。
今までの事を大きく変える、まさしく卒業以来の大きな変化に通じる事をその月、私は進めていた。
その中で、私はコン日に至るまでの今までの在り方を述懐していた。
私が今の場所に移ってコン年度で9年。
学校に通う目的で、今の場所に住み始め、卒業後は故郷よりもここにいる方がやれる事があるという理由で、それからいつしか6年間居座り続けていた。
そして現在…
私は、3年前に本当の生き方に気づいた事以外は、特に変わった事はなく、いつまでもこのままでい続けている日々を過ごしていた。
本当の生き方を見出し、それに向けた事を進めようとしていたが、それから立て続けにそれどころではない事にたびたび見舞われ、ようやく実行出来たのが昨年の事だった。
しかし、それも長くは続かず、いつしか私は、最低限の暮らしもままならない境遇の中で過ごしていた。
正直、昨年はよくコン日まで乗り切れたものだとあらためて思う…
そして、コン年度の春…
私は、ついに大きな決心をする事になったのだった…
今までの私を思い起こすと、3年前に本当の生き方を見出した以外の私は、結局今までのような適当に過ごしていた以外の何ものでもなく、それがいつしか私をなし崩し的に追い詰める事に通じていっていたのだと先月になり、ようやく悟った。
私は、今まで明確なビジョンも持たず、ただ流されるままに日々を過ごしていた。
それは、今考えれば、大学生活も同じだった。
与えられた環境の中でやるべき事はほとんどやらず、留年直前だったとしか言えない中でどうにか卒業して(というか、『させてもらえた』というのが正しいか…)、卒業した後も、あくまで『親に言われたから』という理由だけで、今思えば特に目指している事ではなかった公務員試験を適当にやり、一次試験さえ通過できそうにないやり方で試験対策をしていた…
今思えば、私がコン日に至るまで過ごしていた日々は、本当の生き方を見出した後でさえ結局元の木阿弥になるような形で、完全に間違ってる以外の何ものでもない中で過ごしていた以外の何ものでもなかったと痛感した。
そして、その事に気づいたのは、先月の事だった。
3月は、これからに向けた事に対して色んな事があった。
先月は、私にとって本当に大きなターニングポイントの月だったとあらためて思う…
その背景にあったのが、その月、私が『今までの私の在り方』を見直した事だった。
今までの私を全てにおいて振り返ってみると、今になってようやく気付いた事があった。
それは…
『コン日に至るまでの今までの私は全てにおいて間違った中にいた』という事だった。
今の私の視点で今までの事を思い返してみると、今までの私は全てにおいて何一つ本格的にやらず、常に適当かつ中途半端な在り方の中で過ごしていた事に初めて気づいた。
本当の生き方のもとではなく、あくまで『そう言われたから(本当はやりたい事じゃないにもかかわらず)』という理由だけで、特に最低限もやろうとせず、そういった在り方が当たり前に思うほど根付いてしまった中で私はコン日までの日々を過ごしていたのだった。
それは、やがて私の身に起きる事をわざわざそういうあり方に関する事ばかりにまで発展して、それはもはや私の日々の過ごし方そのものどころではない事にまでになっていた。
しかし、そういった中にいて、それが明らかに異常だとひそかにわかっていながら、私はわざわざなし崩し的に状況が悪化していく以外の何ものでもない状況をわざわざそれが当たり前の事のように続けていたのだった。
ずっとそういった中にいた私だったが、先月になり、ようやく私は初めて心から気づいた。
私は、ずっと間違った在り方以外の何ものでもない中で築かれた『今までの私』に流され、振り回されていただけだったのだ。
そういった適当な生き方をしていた事から脱却する一歩をようやく踏む事が出来たのは、2015年の事だった。
その年、私は初めて『私の意志で決めた生き方』を見出し、これこそが私の在り方そのもののターニングポイントとなったのだった。
しかし、本当の生き方を見出したからといってそこから私のこれからが好転していくかと思えたが、そうではなかった。
むしろ、この時でさえも『今までの私』が根強く抵抗してそれに通じる事をさせないでいた。
そして、3月。
私は、故郷にいた。
市川にいる時とは全てが違うフィールド…
今となっては、ずっと疎遠になり続けていた故郷が今まで以上に近く感じられた。
その別天地は、私に今まで考えすらしなかった事を、考えるにとどまらず、心から決心させる事へと導いてくれた。
故郷の地で、私はついに一大決心をした。
私は市川にいる間、流されるままに『今までの私』にずっとい続けていた。
そこにい続けたまま、私は本当の生き方を見出しながら、結局何一つ本当の進展を果たしていなかった。
本当の生き方や本格的に取り組める事が実際ありながらも、それをわざわざできなくするような事になったりして、結局また今までの在り方になり、それをずっと繰り返してコン日まで過ごしていた。
本当の生き方でさえも出来なくするほど、
故郷にいる時、私は心から気づき、そして初めて本当の形での決心をした。
私には覚悟が足りないどころか、覚悟自体していなかった。
本当の生き方を形にするため、今私は今出来る形で覚悟を決めよう…
今、私は市川を離れ、今までの私を全て捨てる!
新たなスタートを切るため、私は今いる舞台を離れ、本当の舞台へと進む一歩を踏む。
私が本当に望む本当の生き方をするのは、本当の新たな舞台そのものに降り立った時だ!
私は9年過ごした市川を離れる決心を3月、ついに固めたのだった。