2017年もいつの間にか残すところあと2日。
私としては、本当の意味で『いつの間にか』という感じのように思えた。
時の経過を意識していても、区切りになるような日が来たら結局『いつの間にか』という時間感覚なるのが時の経過の不思議なところである。
その背景には、『早く来てほしい事』や『早く終わってほしい事』などのような『時の経過を忘れるほど常に気になる事』があるからなのだろう。
私もそうだ。
ただ2017年のセミファイナルの日をそう思ったからではなく、私はコン年度は今まで以上にそういった中で過ごしていたからだ。
コン年度の私は、一年を漢字一文字でまとめると、『難』であった。
4年前の時と比べると、それを別の形で遥かに上回るほどの難に見舞われた一年を私は過ごしていた。
むしろ、今までの私はそういった中に既にいた事をコン年度になってようやく気がついた一年だったと言っていいのかもしれない。
その危機は、上半期の中盤頃から起き始めていた。
特にそれが甚だしかったのは、5月下旬から6月の上旬辺りだった。
その時、私は今まで経験した事がないほどの様々な危機的な環境の中にいた。
どうにか最低限の場所だけは踏みとどまれている中、それさえあればどうにかなると言えるようにない中で私はしばらく過ごしていた。
下宿暮らしをして9年目になる中で、ここまで暮らしが追い詰められた経験は、コン回が初めて以外の何者でもないと言う他ないほどの規模だった。
あらためて思い起こすと、あの環境でよく踏みとどまれたものだと実感する。
何より、それを最終的にどうにかしてもらえたという形で乗り越えたという事が、私が普通と比べていかに恵まれていたかがわかる。
ひとまず、最初の難は乗り切ったものの、それはあくまで回避したに過ぎなかった。
次の危機が訪れたのは、その難を乗り切ってから1ヶ月も経過していない時の事だった。
夏真っ只中に入って間もない頃、私は今までにない最大の危機に瀕していた。
次なる危機は、その最低限踏みとどまれている場所に及んだ危機だった。
今思えば、本当に危なかった時は他でもないこの時だったと言えよう。
しかし、同時に私はこの時の危機を通じて今まで考えもしなかった事を初めて心から抱く事となったのだった。
それが流れを変えたのか、その後別の場所に移るという形でこの危機もどうにか回避した。
そういった事がコン年度断続的に起き、その度に私はどうにかそれを乗り切り、私は年末の時を迎えた。
ひそかに、私が今こうして本当の意味で年末を迎えたのは今の私からすれば本当に奇跡的な事だった。
コン年度は、いつどうなってもおかしくない中でその危機を最終的に回避して踏みとどまれた一年だった。
コン年度ほど危機に瀕して、それを最終的に乗り越えた事は今までの中でも、4年前がそれに近いが、それさえも遥かに上回るほど今までにない事だった。
コン回の年末を迎えた事は、今までにないほどただただ有り難いに越した事はないであろう。
私が時の経過に不思議な感覚を覚えたのは、年末を迎えた事に限った事じゃなかった。
コン年度起きた様々な危機、それとは別のそれを乗り切る糧に通じた様々な出来事、何よりコン年度あった印象的な様々な出来事…
これらは全て他でもない『コン年度中に起きた事』だった。
時系列的にはまだ1年も経過していないが、今の私にはもう何年も前の事のように思えた。
それは気のせいじゃなく、実際そうであるかのように私の中ではもう遠い昔の事のように思えたのだった。
それはただ時系列的にも、現実的にも過ぎていった事だからとは限らない別の理由があるからのようだった。
コン年度は、そういった様々な危機や難に見舞われた一年だったが、決して一方的にそればかりの一年ではなかった。
この一年を通して、私はひそかに今までの私と比べて、色んなところで変わる事が出来たとあらためて思う。
コン年度の危機や難は、それを通し、それを乗り切った事を通じて、私に今までにない変化をもたらしてくれた。
多少危険を伴うのもあったが、それさえもそれを乗り切った事により、それを通して私に今まで考えもしなかった事に気づかせる事に通じていった。
その気づいた事は、今までの事を遥かに上回り、今日までの私を一新する事にまで発展するほどのものだった。
それは、今までの私を内面から変えるほどの規模のように思えた。
私にはわかる。
明らかに、今の私は『今までの私』とは何かが違っているのだという事に…
コン年度の事がもう何年も前の事のように思えるのは、本当の意味でそれを乗り越えたからなのだろうか…
同時に、それは今の私が『その時の私』とは大きく違った私になっているからなのだろうか…
少なくともわかるのは、私がコン年度の危機を無事乗り切ったという事…
そして何より、私が今までと違う新たな私へと変わりつつあるのだという事…
それが実際はどうなのか、そして一体どういうものなのかはまだわからない。
少なくとも言えるのは、私がこの危機や難を通して、今までにない大きな変化を遂げつつあるのだという事…
コン年度の危機や難は、ただそうなっただけじゃなく、これからの私を築くために意味を成していた事だったという事は確かなのかもしれない。
もちろん、まだ本当に乗り越えたのかは定かではない以上、今もこの後も気を抜かずに過ごしていこうと思う。
そうした中でこそ、その時はやがて来るのだから。
新たな年と共に、私自身の夜明けもすぐそこまで来ている。
そう私は心から信じ、前へ進んでいく。
私としては、本当の意味で『いつの間にか』という感じのように思えた。
時の経過を意識していても、区切りになるような日が来たら結局『いつの間にか』という時間感覚なるのが時の経過の不思議なところである。
その背景には、『早く来てほしい事』や『早く終わってほしい事』などのような『時の経過を忘れるほど常に気になる事』があるからなのだろう。
私もそうだ。
ただ2017年のセミファイナルの日をそう思ったからではなく、私はコン年度は今まで以上にそういった中で過ごしていたからだ。
コン年度の私は、一年を漢字一文字でまとめると、『難』であった。
4年前の時と比べると、それを別の形で遥かに上回るほどの難に見舞われた一年を私は過ごしていた。
むしろ、今までの私はそういった中に既にいた事をコン年度になってようやく気がついた一年だったと言っていいのかもしれない。
その危機は、上半期の中盤頃から起き始めていた。
特にそれが甚だしかったのは、5月下旬から6月の上旬辺りだった。
その時、私は今まで経験した事がないほどの様々な危機的な環境の中にいた。
どうにか最低限の場所だけは踏みとどまれている中、それさえあればどうにかなると言えるようにない中で私はしばらく過ごしていた。
下宿暮らしをして9年目になる中で、ここまで暮らしが追い詰められた経験は、コン回が初めて以外の何者でもないと言う他ないほどの規模だった。
あらためて思い起こすと、あの環境でよく踏みとどまれたものだと実感する。
何より、それを最終的にどうにかしてもらえたという形で乗り越えたという事が、私が普通と比べていかに恵まれていたかがわかる。
ひとまず、最初の難は乗り切ったものの、それはあくまで回避したに過ぎなかった。
次の危機が訪れたのは、その難を乗り切ってから1ヶ月も経過していない時の事だった。
夏真っ只中に入って間もない頃、私は今までにない最大の危機に瀕していた。
次なる危機は、その最低限踏みとどまれている場所に及んだ危機だった。
今思えば、本当に危なかった時は他でもないこの時だったと言えよう。
しかし、同時に私はこの時の危機を通じて今まで考えもしなかった事を初めて心から抱く事となったのだった。
それが流れを変えたのか、その後別の場所に移るという形でこの危機もどうにか回避した。
そういった事がコン年度断続的に起き、その度に私はどうにかそれを乗り切り、私は年末の時を迎えた。
ひそかに、私が今こうして本当の意味で年末を迎えたのは今の私からすれば本当に奇跡的な事だった。
コン年度は、いつどうなってもおかしくない中でその危機を最終的に回避して踏みとどまれた一年だった。
コン年度ほど危機に瀕して、それを最終的に乗り越えた事は今までの中でも、4年前がそれに近いが、それさえも遥かに上回るほど今までにない事だった。
コン回の年末を迎えた事は、今までにないほどただただ有り難いに越した事はないであろう。
私が時の経過に不思議な感覚を覚えたのは、年末を迎えた事に限った事じゃなかった。
コン年度起きた様々な危機、それとは別のそれを乗り切る糧に通じた様々な出来事、何よりコン年度あった印象的な様々な出来事…
これらは全て他でもない『コン年度中に起きた事』だった。
時系列的にはまだ1年も経過していないが、今の私にはもう何年も前の事のように思えた。
それは気のせいじゃなく、実際そうであるかのように私の中ではもう遠い昔の事のように思えたのだった。
それはただ時系列的にも、現実的にも過ぎていった事だからとは限らない別の理由があるからのようだった。
コン年度は、そういった様々な危機や難に見舞われた一年だったが、決して一方的にそればかりの一年ではなかった。
この一年を通して、私はひそかに今までの私と比べて、色んなところで変わる事が出来たとあらためて思う。
コン年度の危機や難は、それを通し、それを乗り切った事を通じて、私に今までにない変化をもたらしてくれた。
多少危険を伴うのもあったが、それさえもそれを乗り切った事により、それを通して私に今まで考えもしなかった事に気づかせる事に通じていった。
その気づいた事は、今までの事を遥かに上回り、今日までの私を一新する事にまで発展するほどのものだった。
それは、今までの私を内面から変えるほどの規模のように思えた。
私にはわかる。
明らかに、今の私は『今までの私』とは何かが違っているのだという事に…
コン年度の事がもう何年も前の事のように思えるのは、本当の意味でそれを乗り越えたからなのだろうか…
同時に、それは今の私が『その時の私』とは大きく違った私になっているからなのだろうか…
少なくともわかるのは、私がコン年度の危機を無事乗り切ったという事…
そして何より、私が今までと違う新たな私へと変わりつつあるのだという事…
それが実際はどうなのか、そして一体どういうものなのかはまだわからない。
少なくとも言えるのは、私がこの危機や難を通して、今までにない大きな変化を遂げつつあるのだという事…
コン年度の危機や難は、ただそうなっただけじゃなく、これからの私を築くために意味を成していた事だったという事は確かなのかもしれない。
もちろん、まだ本当に乗り越えたのかは定かではない以上、今もこの後も気を抜かずに過ごしていこうと思う。
そうした中でこそ、その時はやがて来るのだから。
新たな年と共に、私自身の夜明けもすぐそこまで来ている。
そう私は心から信じ、前へ進んでいく。