辺りは静寂に包まれていた。
その静寂をひそかに破るように、怪しげな音が時折聞こえてくる。
その静寂を先に破ったのは、サターンだった。
「…くっ…なぜおまえはそんなに強い…」
「その事については、一応話す事は出来るけど今回はやめておくよ。さっきもそれを否定されたばかりだからね。」
ナオキは言った。
『さっき』というのは、おそらくアカギとの事を言っているのだろう。
「…まあいい…その三匹のポケモンは好きにしろ…」
サターンは、三大レジェンドがとらわれている装置の方を向いた。
「このマシンのボタンを押せば、あの三匹を自由にしてやれる…」
ナオキは、サターンの言った方を向いた。
そこには、わかりやすく赤いボタンがあった。
そのわかりやすさは、返っていかがわしさを思わせる。
ナオキは、しばらくその装置の方を見続けていた。
ナオキの中では、案の定懐疑の念と迷いが蔓延っていた。
サターンの言う事を信じていいのだろうか…
勝負に勝ったとはいえ、今までの事やエルレイドの事を踏まえれば、サターンが素直に三大レジェンドの助け方を教えてくれるとは思えない…
今までの言動を踏まえれば、サターンが負け惜しみに三大レジェンドに万が一の事をしていた可能性もあった。
それをしないで、わざわざナオキにボタンを押させるというのなら、これも何か裏があるのだろうか…
ナオキは、サターンをちらりと見た。
それに気づいたのか、サターンはナオキの方を向いた。
サターンは、『どうした?やらないのか?』と言っているような雰囲気でナオキを見ていた。
その様子が結果的にどちらを意味しているのかは、わかりそうになかった。
しばらくして、ナオキはようやく動いた。
サターンの言う事を信頼したわけではないが、他に方法がないという事と、このままでいても埒が開かないという事もあり、ここはサターンの言った事を頼りにするのが無難だろうと結論づけたのだ。
だが、もし、それがサターンの悪あがきだったならば…
…そんな事を考えても仕方ない。
サターンの言った確実に近い方法を聞かないで、勝手な事をすればそれこそそれ以上の事態にもなりかねない。
ここはもう腹をくくる覚悟でいく他ない。
ナオキは、装置の前に立った。
ナオキの目の前に、全てを決する赤いボタンがあった。
どうなるかわからない境遇は、ただボタンを押すという単純な事でさえも躊躇させた。
ナオキの中で、装置のガラスの奥で苦しそうにしている三大レジェンドの姿がよぎった。
このボタンを押せば、あの三大レジェンド達をあの苦しみから解放させてあげられる。
けれど、それはどっちの意味でなのだろう…
…今更そんな考えを巡らせても意味はない。
このまま迷っていても、三大レジェンド達の苦しみが続くだけだ。
ナオキは、意を決してずっと下げていた手を上げた。
ナオキは、赤いボタンに手を伸ばした。
ナオキに今までにないような緊張感がよぎった。
ボタンまであと少しというところで、ナオキは手を止めた。
サターンの方を向こうとしたが、今更他に何を聞く意味があるとすぐに悟り、ナオキは再び装置の方を向いた。
一瞬手を止めたナオキだったが、ついにボタンに触れ、そして…押した。
ウイーン…
装置は特に怪しい動きを何一つする事なく、あっさりと開いた。
すると、さっきまで苦しそうにしていた三大レジェンド達は急に元気になったように、閉じ込められていた場所から抜け出し、部屋中をしばらく飛び回った。
しばらく飛び回った後、そのうちの二匹はすぐにどこかへ飛び去って行った。
残された一匹は、いったんその場にとどまると、急に飛び上がり、ナオキのもとに降り立った。
そのポケモンは、エムリットだった。
「?」
ナオキと目が合うと、エムリットはニコッと微笑み、そのまま二匹に続くようにどこかへ飛び去っていった。
辺りは、再び静寂に包まれた。
ナオキは、サターンの方を向いた。
サターンも、それに合わせるようにナオキの方を向いた。
『今回は信用して正解だったようだね』とサターンに言ってるような雰囲気で、ナオキはしばらくサターンを見ていた。
今までの行いやポケモンに対する仕打ちからすれば、サターンが三大レジェンドを助けるのに協力してくれた事は意外な事のように思えた。
しかし、ナオキはサターンに対するそういう疑いを抱きつつも、ある時からサターンに対して、別の雰囲気を感じていた。
そして、それがひそかにサターンの言う事が本当であるという事を確信できる根拠になっていたのである。
この結果が明らかになった時、ナオキの中でサターンに対するひそかな変化が表れていた。
しばらく静寂が続いた後、サターンがその静寂を破った。
サターンは、このラボで起きていた動向を詳しく話した。
「ボスは、3匹の体から生み出した結晶で、『あかいくさり』を作り出した。」
「『あかいくさり』?」
「そうだ。ボスによれば、それこそがテンガン山で何かをつなぎとめるために必要なものらしい…」
「つなぎとめる…?」
サターンの言う事からすれば、アカギはテンガン山で『あかいくさり』を使って何かをつなぎとめる事を目的に三大レジェンドを利用したらしい。
この説明からわずかに読み取れるのは、『アカギはテンガン山を通じて、シンオウ地方に訪れる危機をどうにかしようとしている』という事である。
しかし、『鎖』と聞くと、何かといいイメージが浮かんでこない。
むしろ、つなぎとめるというよりも、『しばりつける』というイメージの方が強いからだ。
「もっとも…」
「…?」
「ボスがテンガン山で何をやるつもりなのかは、ボクも知らないのだがな…」
幹部で特に優れていて、ナンバー2とも言えるような立場にいるサターンでさえも、アカギの目的の詳しい事は知らないらしい。
以前にも、こういう事に懐疑を抱かせるような言動は頻繁に耳にしていた。
下っ端の団員からは普通に聞いていたが、幹部の団員から聞いたのはひそかに意外な事だった。
下っ端ならともかく、幹部、しかもナンバー2に相当する立場にさえも『真の目的』を教える事さえしないというのはどういう事なのだろうか…
すると、サターンは付け加えるように言った。
「だが、少なくとも………」
「…!」
サターンが話した事を耳にした時、ナオキは今までにないような反応をした。
目的を果たしたナオキ達は、帰路に着いていた。
その帰路に着く中、ナオキは色んな事を考えていた。
(結局…ギンガ団の最終的な目的は何なんだ…?これまで、私が拾ってきたギンガ団の言動からすれば、それなりの推測はできるけど、どれもなぜかピンとこない…)
ナオキの中では、ギンガ団に関する様々な言動がよぎっていた。
団員が言っていた事、幹部が言っていた事…
その中には、それぞれが言っていた事と矛盾していたり、すれ違ったりするような事もあった。
それに何より、一番気になっているのは、『団員が目的の詳細を知らない』という事だった。
しかも、それは下っ端の団員に限らず、幹部さえもその詳しい内容を知らないというのが気になっていた。
サターンが語ったこの事実は、ナオキの中で織り成す懐疑をさらに広げていった。
(それからもう一つ気になるのが、サターンだ…)
ナオキは、ひそかにサターンの事についても懐疑を抱いていた。
(リッシ湖であんな事をして、仲間であるエルレイドをあんな形で見捨てたりしていたサターンが、バトルに勝ったとはいえ、こうも素直に三大レジェンド達を助けてあげただけに限らず、要注意人物である私に、ここまでの事を話してくれるなんて…)
ナオキの中では、今まで抱いていたサターンは、目的のためなら手段を選ばず、役に立たないとわかれば、仲間であっても切り捨てる冷酷さを持った人物でしかないというイメージしかなかった。
しかし、そんなサターンがそれとは真逆にここまで協力してくれたというのは、バトルに勝った誼があっても、とても考えられる事じゃない。
ナオキがサターンに懐疑を抱いたきっかけは、それだけじゃなかった。
ナオキは、あの時エルレイドがさりげなく言っていた事をひそかに気にかけていた。
(ボクとキミが最初にいた頃は、ボクにあんな事をするのに限らず、リッシ湖であんな事までするようになるとは思いもしなかったよ。キミもすっかり変わったな…一体いつからかつての礼儀を忘れてしまったんだ。)
(エルレイドはあの時、『キミもすっかり変わったな…』と言っていた…)
ナオキは、ふと考えた。
(今までの言動からすれば、サターンは『元々』こういう事を平気でする人物だとしか考えられないイメージだった…けど、エルレイドの言ってた事からすれば、サターンは『ギンガ団に入る前はそうじゃなかった』という風にとらえる事ができる…)
その時に、ナオキは思った。
(そもそも…サターンは、『本当に』悪い奴なのか…?)
ギンガ団の目的に限らない様々な懐疑を抱きながら、ナオキは帰路に着いた。
「あ、トライス!」
トバリギンガビルを出ると、そこで待っていたコウキがナオキに駆け寄ってきた。
「待たせたね、コウキくん。」
「ううん、いいんだ。よかったよ、キミが無事で。」
いつもと違ってなかなか帰ってこない事に心配していたコウキは、ナオキが帰ってきた事に今まで以上の安堵感を抱いていた。
すると、ナオキは言った。
「コウキくん。私は、テンガン山へ行ってくる!」
「え?」
コウキがナオキからの突然の一言に反応すると、それに続いてナオキは言った。
「ギンガ団は今、『テンガン山』に向かってるそうなんだ。どうやら、この後はそこで何かをするらしい。だから、私はさっきまでの戦いの事もあるから、一旦戻って、準備が出来たらそこへ向かうよ。君もいつでも戦えるように準備をしておいて!」
「…わかった。それじゃあ、オレも博士達にテンガン山に向かうように言っておくね。」
「任せたよ。それじゃあまた後でね。」
そう言うと、ナオキは『神鳥の羽』をまとい、飛び立つ姿勢を構えた。
「…?」
その時、コウキは何かに反応した仕草をした。
しかし、それからすぐにナオキ達は飛び立っていき、そのまま見えなくなった。
コウキは、しばらく空を見上げていた。
コウキは、ふと思っていた。
(…気のせいかな…トライスのポケモンの中に、どこかで見た覚えのあるポケモンがいたような…そもそも『あのポケモン』…トライスのパーティーのようだけど、つい最近見た覚えがあったような…)
コウキは、ある時の事を思い出していた。
その中で、ひそかに心当たりがあるように思える記憶があった。
その記憶は、コウキに新たな懐疑を抱かせた。
(そもそも…『あの時』、なんでいつの間にトライスがいたんだ…オレ達同様に、リッシ湖に異常を聞きつけてきたなら納得いくけど…どうしてだろう…なぜかしっくりこない…)
コウキが思い出していたのは、リッシ湖の事だった。
コウキは、エイチ湖に向かう時、ひそかにナオキ達が戦っているところに一度来ていた。
ナオキがエルレイドと戦っている時に、そこにいたポケモンにエイチ湖に向かう事を話していたのだ。
その時は、急いでいたのでそのまま行ってしまったが、その際にふと気にかけていた事があったのだ。
コウキは、しばらく考えていた。
(…もしかして…)
コウキの中に、一つの仮定が浮かんだ。
コウキは、しばらくその場で黙り込んでいた。
それから少しして、コウキはあらためて博士のいる場所へ向かっていった。
走る中で、コウキは考え続けていた。
(…トライス、もしかしてキミは…)
ひそかな懐疑とこれからの一刻を争う緊迫感の中、コウキはトバリシティを後にした。