梅雨なかばとも言える6月中旬…

今も私は、6月になる度にあの時の事を思い出す。

当初は、蒸し返しのような心境、今は私自身への戒めと懺悔としての事となっている。

当時の私は、地獄の中にいたような心境と現実そのものの中にいた。

どう釈明しても、飛び交うのは私への誹謗中傷やそれに乗って私との縁を切る交流した人達、それに悪のりするように私を叩く他人と、私が完全に孤立した一方的な攻撃をされるだけだった。

2009年から始まった交流は、この時を境に一気に変わり、そして崩壊していったのだった。





私がした些細な事がここまでの事になるなど、当時は想像も出来なかった。

インターネット上の関係、そして人間関係の脆さや容赦なさを私は今まで以上に痛感した。

それに限らず、興味本意や悪のりするような形で他の関係のない存在から遊び感覚のように攻撃されるという事がいかに恐ろしい事かも痛感した。

だが、同時に私は、『私が今まで依存していた事の狭さ』を痛感するという事も経験した。

今考えると、私はこの崩壊が起きるまでは、今私がやるべき事をそっちのけにして、この世界ばかりに気を向けすぎていた。

ひそかに私は卒業を控えており、今のままでいれば、留年する可能性もあった。

当時、そうでありながらも私はずっとこの場所で過ごすような日々を送っていた。

今思えば、もし私があの崩壊を経験しなければ、それに限らないリアルな崩壊が起きていたかもしれない…

私はこの崩壊を境に、ブログの投稿を控えるようになり、ツイートでの交流も今まで以上にやらなくなり、それは意外にあっさりと出来たのであった。

皮肉な事かもしれないが、いずれにせよあの崩壊があったからこそ、私はこの世界からの依存から脱却出来たと言っていい。

そうでなければ、私は現実に追い詰められるような事になっても、ここに依存し続け、いつまでも変わらないまま終わっていたであろう。






崩壊の発端は、私がおもむろに発した愚痴ツイートだった。

それに安直な正義感で乗ったように炎上が広がり、いつしかそれは私自身への勘繰りに通じてしまったのである。

どうにもならないような愚痴を吐き散らす事がいかに悪影響を及ぼすかはこの時は予想もつかなかった。

そういう事を吐き散らす事は、どうにもならないどころか、かえって逆に新たないざこざを招くという事になるという事を私はあらためて痛感したのだった。

寛容に愚痴を聞いてくれる人はそういない。

ましてや、それがこの世界であるならなおさらだ。

私はこの崩壊を通して、『不愉快になるだけの事は本音でも言ってはならない事』だという事を学んだのだった。



あの時の崩壊は、当時はきつく辛かったけど、私に今までなかった変化や成長を遂げさせてくれたと今は思える。

あの時思わず不愉快な事を言ってしまった事。

それに対しても、今ならこう心から思える。

誰かに同情してもらいたかったわけじゃない。

誰かに救ってもらいたかったわけじゃない。

ただ、私の中に蔓延る事を今出来る形で吐き出したかった。

そしてそれを後の私自身への戒めにする。

そして本当の成長を遂げる。

それが本当の答えだったのだ…

でも私はもう大丈夫。

『私はこんなにも内心傷ついているのに…』と私をわざわざ追い詰めてまで誰かに救われたいと思う。

そんな意味もない事は、あの崩壊の日からもうやらないと、私は内心決めたのだ。

今までの事は嘘でいい。

その先により良い明日が待っているなら。

そして、私は今、そのより良い日々の中にいるのだから…