6月のこの時期。
私は決まってあの時の事を思い出す。
人間関係の脆さとネットワークの恐ろしさ、そして私自身の周りの見えなさ…
今考え直してもその痛感した事はきりがないほどのものだった。
あれから4年。
いつの間にかもうそんなに経過していたとは…
4年も経過し私もそれなりの区切りと清算がついた以上、あの時のような心境はもうない。
あの時の経験を通して私は、当時はきつく辛かったが、今となれば私自身をあらためて変える機会にもなったのだった。
当時の私は、リアルに交流できる友人が皆無に等しいほど誰一人いないに等しかった環境にいた。
そんな中でこの場所は、きっかけの相手との交流だけにとどまらず、ここにブログを開設した事を機に知り合い、ついには直に会う事にまで発展するなど、今まで私が経験した事がなかった色んな充実を生み出す糧となれたのだった。
しかし、それと同時に私はいつしかこの場所以外の周りが見えなくなっていたのだった。
いや、それよかそれを見ようともしなかったと言うのが正しいか。
当時私はひそかに来年卒業を控えた大学生だった。
しかし、そのための単位が充分でなかったにもかかわらず、それをないがしろにしてこの場所ばかりに気を向けていた。
そのため、大学は結局卒業はできたものの、これといって何かしら意味のある事をしたのは一つもなかったのだった。
結果的に私は大学を『ただ通っていた』という肩書きしか残さないまま終わらせてしまったのである。
卒業を間近に控えたその時の年、私はそうであったにもかかわらず、当時はその自覚すらなく、『ああ、もうすぐ卒業か』というくらいしか思っていなかったのだった。
私がようやく大学生活を活かせなかったと痛感したのは、卒業してしばらく経過した後だった。
その頃には、その時の心境にとどまらず、この環境への執着もすっかりなくなっていた。
今ほどの更新や投稿の少なさがそれ以降の現れである。
かつて私と当たり前のように交流していた存在は、アカウントを消してはいないものの、すっかり更新どころかログインする事もないほど私から離れていってしまった。
私がここに積極的に取り組めたのは、そういう存在がいたからだった。
当初は、記事を投稿したり、何よりきっかけの人物と交流できれば満足だった。
しかし、交流の幅が広がっていくにつれ、それだけでは満足しきれなくなり、いつしかこの環境のためだけに過ごしている事が多くなり、そこからすっかり依存するほどにまでになっていた。
そして、今まで私を満足させてくれていた事の全てと言えた日々は、この時期のちょっとした事を境に何一つ残らず崩壊していったのだった。
それは、遼原の火のごとく広がり、何一つ残さず消し去っていった。
私が2009年に築き上げた事は、僅か2年もしないうちに全て私のもとから消えていったのだった。
私に残されたのは、アカウントとようやく見えるようになった本当の私の全てだった。
今思えば私は後悔している。
それは、私が全てを失うきっかけとなった事ではない。
今私が後悔しているのは、『なぜ今まであんな狭い世界だけに浸っていたんだろう』という事だった。
大学生という恵まれたポジションにいながら、それをないがしろにしてこんな遊びの一つに過ぎない事だけにその日々を費やしてしまったなんて…
今の私が思う事は、他でもないこういう事だった。
当時は精神的にもきつく辛かったが、今になって思えば、こうなってよかったんだろうとあらためて私は思う。
もしも、その時のような状態になっていたら、私はおそらく卒業できないままこの世界だけに居座ったままだっただろうと言えるからだ。
結果的にあの崩壊は、この世界にすっかり依存してしまった私を意地でも切り離すために起きた荒療治だったのである。
この出来事を機に、私は今までにない大きな成長を遂げる事ができたとあらためて思う。
今はこうして本当に余裕がある時だけ投稿するだけとなり、交流もきっかけとなった相手との会話にとどまっている。
結果的に、そもそもの目的である以上、きっかけの相手との交流だけにとどめておけばよかったんだろうね…
昨年度からあらためて待望のリアル交流へと発展したきっかけの恩人との関係は、今まで以上にこれからも大事にしていく。
これこそが私の望んだ事だったのだから…
それに気づけたならば、遅くはない。
ようやく本当にあるべき形になれたなら、私がすべき事は一つ。
あらためて今までやらなかった事を積極的に取り組み、私のこれからをあらためて築く事、それだけだ。
私が毎年こういう記事を書くのは、こういう事をしていてこうなり、私がしていた事がいかに意味のない事だったかという事を戒めるためだ。
私の中でそれを風化させていつしかまた繰り返さないよう、もしくはそうなるような事がまた引き起こされないようにするために私はこうして追想記事を作成して私自身を戒めているのである。
戒めといえば、今年度のリミテッド・レジェンドは『おでまし~』でお馴染みのフーパくんだったっけね。
彼のかわいらしい姿は、『いましめられし姿』という設定のようだ。
いたずら好きのキャラクターは、その過去の行いを戒めて規模を小さくした名残なのだろうか…
その答えは映画で明らかになるだろう。
私もこの場所に依存して周りを見ようともしなかった事をあらためて痛感して、それを機にここへの依存から脱却して今のような状態になっている事からすれば、そういう意味で今の私もフーパくん同様、『いましめられし姿』なのかもしれない。
過去への戒めのもと、私はこれからも色んな事を形にできるよう、そして今までやらなかった事をその時以上にやり遂げられるようになってみせよう。
それこそ、フーパくんみたいに色んな事を『おでまし』できるように…
私は決まってあの時の事を思い出す。
人間関係の脆さとネットワークの恐ろしさ、そして私自身の周りの見えなさ…
今考え直してもその痛感した事はきりがないほどのものだった。
あれから4年。
いつの間にかもうそんなに経過していたとは…
4年も経過し私もそれなりの区切りと清算がついた以上、あの時のような心境はもうない。
あの時の経験を通して私は、当時はきつく辛かったが、今となれば私自身をあらためて変える機会にもなったのだった。
当時の私は、リアルに交流できる友人が皆無に等しいほど誰一人いないに等しかった環境にいた。
そんな中でこの場所は、きっかけの相手との交流だけにとどまらず、ここにブログを開設した事を機に知り合い、ついには直に会う事にまで発展するなど、今まで私が経験した事がなかった色んな充実を生み出す糧となれたのだった。
しかし、それと同時に私はいつしかこの場所以外の周りが見えなくなっていたのだった。
いや、それよかそれを見ようともしなかったと言うのが正しいか。
当時私はひそかに来年卒業を控えた大学生だった。
しかし、そのための単位が充分でなかったにもかかわらず、それをないがしろにしてこの場所ばかりに気を向けていた。
そのため、大学は結局卒業はできたものの、これといって何かしら意味のある事をしたのは一つもなかったのだった。
結果的に私は大学を『ただ通っていた』という肩書きしか残さないまま終わらせてしまったのである。
卒業を間近に控えたその時の年、私はそうであったにもかかわらず、当時はその自覚すらなく、『ああ、もうすぐ卒業か』というくらいしか思っていなかったのだった。
私がようやく大学生活を活かせなかったと痛感したのは、卒業してしばらく経過した後だった。
その頃には、その時の心境にとどまらず、この環境への執着もすっかりなくなっていた。
今ほどの更新や投稿の少なさがそれ以降の現れである。
かつて私と当たり前のように交流していた存在は、アカウントを消してはいないものの、すっかり更新どころかログインする事もないほど私から離れていってしまった。
私がここに積極的に取り組めたのは、そういう存在がいたからだった。
当初は、記事を投稿したり、何よりきっかけの人物と交流できれば満足だった。
しかし、交流の幅が広がっていくにつれ、それだけでは満足しきれなくなり、いつしかこの環境のためだけに過ごしている事が多くなり、そこからすっかり依存するほどにまでになっていた。
そして、今まで私を満足させてくれていた事の全てと言えた日々は、この時期のちょっとした事を境に何一つ残らず崩壊していったのだった。
それは、遼原の火のごとく広がり、何一つ残さず消し去っていった。
私が2009年に築き上げた事は、僅か2年もしないうちに全て私のもとから消えていったのだった。
私に残されたのは、アカウントとようやく見えるようになった本当の私の全てだった。
今思えば私は後悔している。
それは、私が全てを失うきっかけとなった事ではない。
今私が後悔しているのは、『なぜ今まであんな狭い世界だけに浸っていたんだろう』という事だった。
大学生という恵まれたポジションにいながら、それをないがしろにしてこんな遊びの一つに過ぎない事だけにその日々を費やしてしまったなんて…
今の私が思う事は、他でもないこういう事だった。
当時は精神的にもきつく辛かったが、今になって思えば、こうなってよかったんだろうとあらためて私は思う。
もしも、その時のような状態になっていたら、私はおそらく卒業できないままこの世界だけに居座ったままだっただろうと言えるからだ。
結果的にあの崩壊は、この世界にすっかり依存してしまった私を意地でも切り離すために起きた荒療治だったのである。
この出来事を機に、私は今までにない大きな成長を遂げる事ができたとあらためて思う。
今はこうして本当に余裕がある時だけ投稿するだけとなり、交流もきっかけとなった相手との会話にとどまっている。
結果的に、そもそもの目的である以上、きっかけの相手との交流だけにとどめておけばよかったんだろうね…
昨年度からあらためて待望のリアル交流へと発展したきっかけの恩人との関係は、今まで以上にこれからも大事にしていく。
これこそが私の望んだ事だったのだから…
それに気づけたならば、遅くはない。
ようやく本当にあるべき形になれたなら、私がすべき事は一つ。
あらためて今までやらなかった事を積極的に取り組み、私のこれからをあらためて築く事、それだけだ。
私が毎年こういう記事を書くのは、こういう事をしていてこうなり、私がしていた事がいかに意味のない事だったかという事を戒めるためだ。
私の中でそれを風化させていつしかまた繰り返さないよう、もしくはそうなるような事がまた引き起こされないようにするために私はこうして追想記事を作成して私自身を戒めているのである。
戒めといえば、今年度のリミテッド・レジェンドは『おでまし~』でお馴染みのフーパくんだったっけね。
彼のかわいらしい姿は、『いましめられし姿』という設定のようだ。
いたずら好きのキャラクターは、その過去の行いを戒めて規模を小さくした名残なのだろうか…
その答えは映画で明らかになるだろう。
私もこの場所に依存して周りを見ようともしなかった事をあらためて痛感して、それを機にここへの依存から脱却して今のような状態になっている事からすれば、そういう意味で今の私もフーパくん同様、『いましめられし姿』なのかもしれない。
過去への戒めのもと、私はこれからも色んな事を形にできるよう、そして今までやらなかった事をその時以上にやり遂げられるようになってみせよう。
それこそ、フーパくんみたいに色んな事を『おでまし』できるように…