今日は私がブログそのものを始めて6年目となった日である。

いつの間にかもう市川に住み始めた時と同様、6年も月日が流れていたのか…

市川に住み始めたのが2009年。

そしてブログそのものをあらためて始めたのも2009年だった。

2008年から学生生活が始まっていたので本当はその年に始める事もできていたのだが、その目的がなかなか見つからず、ちょっとした悪あがきをしていた事もあり、まだその時は始められなかったのである。

そしてあらためて翌年の2009年、私は念願のブログを開始したのだった。

2008年当初からブログそのものは始めようと思ってはいたのだが、ここアメーバにブログを開設する事は考えていなかった。

ここにブログを開設するきっかけになったのは、まさしくその2008年のとある出来事がきっかけだった。



2008年のある日、私は故郷でとある悪あがきをしていたにもかかわらず、適当に過ごしていた。

その時、何となくだったが、『アニメでのレントラー』という検索ワードでサイトを調べていた。

スタリバ時代、好きになったばかりだったレントラーがアニメ出演していたのだが、缶詰め状態だったために結局見れなかった事もあり、その内容は何だったのか知りたかったためだ。

そんな中、私はふと気になるサイトを見つけた。

それはブログ記事で、明らかにアニメについてを話していなかったのだが、何か私にとって惹かれるものがあったのである。



そのブログは、レントラーと管理人と思われる人物をキャラクターに置き換えた形で会話をしている内容だった。

当時、レントラーを好きになったばかりだった私にとってこの内容は完全なヒットだった。

私は真っ先にそのブログを気に入り、頻繁に足を運ぶようになった。

そんなある日、私はブログにコメントを書く機能があるのを知った。

せっかくなので、管理人さんにコメントをしようと私はコメントするボタンを押した。

ところが、このブログは会員でなければコメントできないとあったので、私はコメント出来なかった。

このコメント出来なかった事が後に私がアメーバでブログを始めようと決めるきっかけになったのだった。

普通は諦めるものだが、私は『どうしてもこの人にコメントしたい』と心底思っていた。

その管理人さんの名前は、『焔(ほむら)』だった事をさりげなく覚えていたので、見失わずに済んだ。

今はそうしなくても、それを後に行うための段取りはやっておくものというわけで…







そして悪あがきを終えた翌日。

私は、ついにブログを始めるに至ったのだった。

ブログを始めてだいぶそな環境に馴染んだ後、ブログでの交流を広げていき、交流相手も多くなっていった。

そしてその交流はやがて直に会う事にまで発展した。

友人との交流と友人そのものが少なかった私にとってこの頃は交流の全盛期だった。

もちろん、始めてだいぶ馴染んだ後、あらためて焔くんのブログに足を運び、ついにコメントする目的を果たしたのだった。

そしてこれが、恩人の焔くんとの交流のスタートとなったのだった。






その全盛期も今はすっかり廃れてしまったが、依存し過ぎていた私にはこうであるべきだったのだと今はあらためて思っている。

そういう長い年月や色んな事の中、焔くんは私と変わらず交流を続けてくれていた。

その全盛期の終わりは、焔くんを恩人だと思う新たな機会を残していったのだった。






一昨年はついにその管理人さんと地方を越えて直に会う事に発展したのだった。

交流までは前提にしていたが、それがリアルで直に会う事まで発展できたのは誰が予想できただろう。

今まで直に会ったブログ友人の中で一番会えてよかったと実感した瞬間だった。






私は今でもここで出会った焔くんの事を色んなきっかけを与えてくれた恩人だと思っている。

焔くんはかつてと変わらない、そして今以上の形で私と交流してくれているかけがえのない存在である。

かつてのような全盛期が終わった中で、焔くんは私と変わらず交流してくれてさらには直に会う事も続けてくれている。

私はこの6年を通してあらためて焔くんの存在をこの上なくかけがえのない存在として心底実感している。

もちろん、今も私と交流をしてくれている方々にも残された大切な存在として受け止めている。

でも、その中でも焔くんは特にそう思っている。

焔くんは、私に全てのきっかけを与え、今も昔も変わらず交流を続けてくれて、ついには私と直に会う事までに発展した事は私にとってこの6年の、そしてダイヤモンドのように永遠の宝物なのだ。





焔くんによって始まり、焔くんという存在により今も変わらず続き、新たな発展を遂げていくこのブログは焔くんの存在と共に大事にしていこうと思う。

今もそして、これからも…