12月7日。

私がここの存在を知り、ここへ通うようになって約5年7ヶ月。

浜松町へ行く目的の大部分を東京タワーと同じように占めていたポケモンセンタートウキョーがついに閉店の時を迎えた。

日本橋から浜松町にうつり7年。

ポケモンセンターは、またここで一つの区切りとなったのだった。



15時51分、浜松町に到着した。

この駅をポケモンセンターの誼で降りる事になるのも今日で最後である。

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今日が最終日、そして日曜日とあってか、トウキョーはたくさんの人だかりだった。

やはり最終日だけあってその規模は連休中以上である。

今思えば、私のポケモンセンター紀行はここから始まったのである。

ポケモンセンターの存在そのものは知りながらもそこに通う機会に恵まれず、私が市川に住むようになるまでポケモンセンターとは全く疎遠だった。

市川という東京都内に近い場所に住み、東京へ行くのが間近になった時、私はふと思った。

『この場所からだとポケモンセンターへはどうやって行けるのかな…』

私が錦糸町でリオルの魅力に目覚めた事を機にポケモンへの関心が再燃して間もない頃の事だった。

それから間もなくして私はゴールデンウィークに久々に東京へ行くのを機にポケモンセンターへ行ってみようと決めた。

その時、帰省していたので両親とは別行動という形で浜松町へ向かった。

そして私はついにポケモンセンタートウキョーデビューを飾ったのだった。

その時に初めて購入したのは、全てのきっかけでもある『ポケモン不思議のダンジョン空の探険隊』だった。

この日を境に、ポケモンセンターは市川から通いやすい範囲にあるというのに気付き、私はポケモンセンターに通い始めたのだった。






『それが全ての始まりだったのですね』

そう。

ポケモンセンタートウキョーは、私がポケモンを今まで以上に本格的に始めるきっかけでもあった場所でもあるんだよ、フォッコちゃ…?

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声のした方向を向くとそこには誰もいなかった。

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『どっち向いてるの?あたしはこっちよ?』

あれ?

フォッコちゃんそっちにいたの?

…何だったんだろう、今の声…?



あらためて私はポケモンセンタートウキョーのラストを飾る行動を開始した。

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店内。

外がすごい人だかりに合わせるように、店内もすごい人だかりだった。

その規模は最後尾がレジから離れるほどである。

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レシラム様とゼクロム様の後を継ぐゼルネアス様とイベちゃん。

撮影できない環境にあったのもあり店内撮影は控えていたのだが、今回はラストという事と周囲が普通に撮影していたので私も決行した。

メガトウキョーに行っても新たな世代を代表するレジェンドとしてポケモンセンターを飾ってほしいものである。



列がだいぶ収束したのを見計らい、あらためて私は買い物をした。

購入したのは、以下の通り。

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ノートレース柄

ノート破壊の繭とディアンシー

じゆう帳 レース柄

じゆう帳

ペンポーチ ディアンシー
クルトガ デデンネ

下敷きレース柄

チョコチップクッキー

カンバッジ ディアンシー

カンバッジ メレシー


買い物中、急に人だかりがすごかった店内がだいぶ隙ができるほど空き始めていた。

その代わり、外はすごい人だかりになっていた。

どうやら店の前で何か行われているらしい。

何やらスペシャルゲストが来ていたようだったが、著名人のオーラが形となって(つまり、人だかり)撮影どころか詳細すら知る事もできなかったのだった。



あらためて買い物を済ませた後、私は外に出た。

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汐留芝離宮ビルディングを飾っていたポケモンセンタートウキョー。

トウキョーが離れた後はここにどんな場所の名前が来るのだろうか。

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ポケモンセンターでは、最終日としてロゴを飾っていたXY御三家であるケロマツくんの配信を行っていた。

フォッコちゃんを選んだジェフ(男の子側)はよかったのだが、エレナ(女の子側)の方は被ってしまった。

マァ、そのうちハリマロンくんの機会も何かの誼か機会で来るよね…

ひとまず、気長に待つとしよう。(早く殿堂入りしろよ、さっさと)



外は相変わらずすごい人だかりだった。

既にスペシャルゲストの参加は終わっていたのだが、それでも人だかりは続いていた。

多くの人達の目的は私と同じなのだろう。

私はフォッコちゃんと一緒に多くの人だかりの中、『その時』が来るのを待っていた。