秋といえば、芸術の秋。
私自身もそれにはひそかに敏感である。
小説、短歌、詩、歌、絵などそのバリエーションは様々だ。
そして芸術の秋を象徴させる場所がここにもある。

今や私にとって身近となった『御茶ノ水美術専門学校』、通称『オチャビ』である。
ここの存在を知ったのは、今から1年前の事。
その前は御茶ノ水に関わる事すらなかった時だった。
一応定期券の範囲だったために降りる事はできたっちゃあできたのだが…
今のところここで降りたのは、関わりを持つ前は名古屋遠征の帰りの時だっただろうか。
その翌年、私はここでとある作品に一目惚れして今に至る。
今日は7月以来のプレゼンの日だった。
今回は、季節に合わせて『オータムプレゼンテーション』というタイトルになっている。
芸術の秋だけに、それを象徴させるプレゼンテーションと言えよう。
入ってすぐの場所に早速作品が展示されていた。

前回は『もちもちファクトリー』という作品があった場所は今回、『きんぺちゃん』という別のキャラクターのコーナーになっていた。
一応もちもちちゃんに似たようなキャラクターはいたが、もちろん全くの別物である。
今回は生まれたてのペンギンがモデルのようである。

もちもちファクトリーのようにここにもグッズが配置されていた。
実際にそういうグッズを作っているだけに、オチャビの本格さが実感される。
ちなみにPVには、きんぺちゃんがスケート靴を手に入れたが、手が届かなくてはけなかったというネタが流れていた。
今回も会場内はたくさんの作品が展示されていた。

ここは、小説や童話などの書籍の表紙を作者独特のものにするコーナーだった。

どうやらこれもジャンルの一つであり、競争内容のようだ。
どれも作者の独創性を象徴するものばかりである。
また、とある作品のワンシーンを作者の独創で描くのもあった。
ここにも作者独特のアイデンティティが現れている。
芸術というのは、作者にしかないアイデンティティを象徴するものであるという事があらためて実感される。
きんぺちゃんや書籍の表紙に限らず、私が関心を持った作品は他にもたくさんあった。

この作品は、『泥まみれの蕾』というタイトルの作品である。

12枚の絵とそれに合わせたフレーズで構成されているなかなか詩的な魅力をうかがわせる作品である。


絵とそのフレーズは暗くネガティブなものだが、それだけを感じさせない魅力をこの作品は伝えている。


作品の占めは暗い中で希望を目指す事を感じさせる僅かな明るいフレーズだった。
私自身、こうゆう詩的な作品は好きな方である。
こうゆう絵と詩的フレーズを合わせたアート…いいかも。
それを表すかのように私は気に入った作品としてこの作品に投票したのだった。
オチャビの作品には、リサイクルを象徴する作品もあった。

このバッグは色んな布製品を再利用して作られたものである。
その象徴として、元々Tシャツだったのを表す部分などそれを表す特徴は様々だった。
前の姿の面影をあえてわかりやすくしてるのも特徴の一つである。
家具を使ったオブジェみたいな作品もあった。

ぱっと見何やら災害みたいなイメージがあるが、ただ置いただけと思わせない不思議な魅力を感じさせる作品である。
リサイクル作品はここにも。

私達が学生時代に必ず使うノート。
それを元にした作品である。
タイトルは『ノートの可能性』。
わかりやすく『Possivility』という単語があるのがわかる。
ノートから生み出される様々な可能性。
それを色んな形をした紙ノート作品が象徴している。

また、この作品に使われてるノートは、実際に使われていたノートをそのまま使っている。
ここからも色んな事がうかがわれる。
今の私ならノートの勉強における正しい使い方ができる。
ここで使われてるノートは、その正しい使い方をされていたに違いない。
そこにも見えない可能性があるというわけだ。
可能性を象徴する作品は他にもある。

『ゴールドブック』というタイトルの作品。
捨てられていた中にある隠された可能性。
書籍というのもその代表の一つである。
確かに、書籍というのはその時になって初めて気付く可能性を秘めた不思議なものだ。
私の場合、そうゆう経験をブックオフや書店で必ずと言っていいほどする。
一つの存在にはそれ以上の可能性。
その可能性は、黄金に輝く価値のあるもの。
この作品は、それらを全て秘めていると言えよう。
お菓子の包み紙にひそかに魅力を感じた事は誰でもあるはず。
私も小さいお菓子の袋で今でも保管しているものがある。
パッケージによっては、捨てるのを躊躇うような事もあるであろう。
そのお菓子の袋を集めた作品がこれである。

大概は捨てられるお菓子の袋だが、作品にアレンジするとこんなに魅力的なものになるというわけだ。
こうゆうやり方は小学校時代の図工を想起させる。
『子供の心を忘れない』事を強調してる作品とも言えよう。
リサイクル作品をテーマにしたものはここにもある。
たんすの中にあるひそかに着ない服。
それを何かに使えないか。
それをイメージしたのがこの作品だ。

たんすの中にある服が姿を変えて外の世界へ。
それを象徴するように、まるで蝶々のように舞っている形でそれが描かれている。
美術の基本といえば、もちろん絵画。
オチャビの展示作品には絵画作品もある。

このようなシンプルかつ魅力的な作品もあれば…

このような本格的な作品もある。
ダヴィンチさんがとらえた水の流れをイメージさせるような作品である。
バリエーションの多いオチャビも、アートに対する初心を忘れてないというわけだ。
私自身もそれにはひそかに敏感である。
小説、短歌、詩、歌、絵などそのバリエーションは様々だ。
そして芸術の秋を象徴させる場所がここにもある。

今や私にとって身近となった『御茶ノ水美術専門学校』、通称『オチャビ』である。
ここの存在を知ったのは、今から1年前の事。
その前は御茶ノ水に関わる事すらなかった時だった。
一応定期券の範囲だったために降りる事はできたっちゃあできたのだが…
今のところここで降りたのは、関わりを持つ前は名古屋遠征の帰りの時だっただろうか。
その翌年、私はここでとある作品に一目惚れして今に至る。
今日は7月以来のプレゼンの日だった。
今回は、季節に合わせて『オータムプレゼンテーション』というタイトルになっている。
芸術の秋だけに、それを象徴させるプレゼンテーションと言えよう。
入ってすぐの場所に早速作品が展示されていた。

前回は『もちもちファクトリー』という作品があった場所は今回、『きんぺちゃん』という別のキャラクターのコーナーになっていた。
一応もちもちちゃんに似たようなキャラクターはいたが、もちろん全くの別物である。
今回は生まれたてのペンギンがモデルのようである。

もちもちファクトリーのようにここにもグッズが配置されていた。
実際にそういうグッズを作っているだけに、オチャビの本格さが実感される。
ちなみにPVには、きんぺちゃんがスケート靴を手に入れたが、手が届かなくてはけなかったというネタが流れていた。
今回も会場内はたくさんの作品が展示されていた。

ここは、小説や童話などの書籍の表紙を作者独特のものにするコーナーだった。

どうやらこれもジャンルの一つであり、競争内容のようだ。
どれも作者の独創性を象徴するものばかりである。
また、とある作品のワンシーンを作者の独創で描くのもあった。
ここにも作者独特のアイデンティティが現れている。
芸術というのは、作者にしかないアイデンティティを象徴するものであるという事があらためて実感される。
きんぺちゃんや書籍の表紙に限らず、私が関心を持った作品は他にもたくさんあった。

この作品は、『泥まみれの蕾』というタイトルの作品である。

12枚の絵とそれに合わせたフレーズで構成されているなかなか詩的な魅力をうかがわせる作品である。


絵とそのフレーズは暗くネガティブなものだが、それだけを感じさせない魅力をこの作品は伝えている。


作品の占めは暗い中で希望を目指す事を感じさせる僅かな明るいフレーズだった。
私自身、こうゆう詩的な作品は好きな方である。
こうゆう絵と詩的フレーズを合わせたアート…いいかも。
それを表すかのように私は気に入った作品としてこの作品に投票したのだった。
オチャビの作品には、リサイクルを象徴する作品もあった。

このバッグは色んな布製品を再利用して作られたものである。
その象徴として、元々Tシャツだったのを表す部分などそれを表す特徴は様々だった。
前の姿の面影をあえてわかりやすくしてるのも特徴の一つである。
家具を使ったオブジェみたいな作品もあった。

ぱっと見何やら災害みたいなイメージがあるが、ただ置いただけと思わせない不思議な魅力を感じさせる作品である。
リサイクル作品はここにも。

私達が学生時代に必ず使うノート。
それを元にした作品である。
タイトルは『ノートの可能性』。
わかりやすく『Possivility』という単語があるのがわかる。
ノートから生み出される様々な可能性。
それを色んな形をした紙ノート作品が象徴している。

また、この作品に使われてるノートは、実際に使われていたノートをそのまま使っている。
ここからも色んな事がうかがわれる。
今の私ならノートの勉強における正しい使い方ができる。
ここで使われてるノートは、その正しい使い方をされていたに違いない。
そこにも見えない可能性があるというわけだ。
可能性を象徴する作品は他にもある。

『ゴールドブック』というタイトルの作品。
捨てられていた中にある隠された可能性。
書籍というのもその代表の一つである。
確かに、書籍というのはその時になって初めて気付く可能性を秘めた不思議なものだ。
私の場合、そうゆう経験をブックオフや書店で必ずと言っていいほどする。
一つの存在にはそれ以上の可能性。
その可能性は、黄金に輝く価値のあるもの。
この作品は、それらを全て秘めていると言えよう。
お菓子の包み紙にひそかに魅力を感じた事は誰でもあるはず。
私も小さいお菓子の袋で今でも保管しているものがある。
パッケージによっては、捨てるのを躊躇うような事もあるであろう。
そのお菓子の袋を集めた作品がこれである。

大概は捨てられるお菓子の袋だが、作品にアレンジするとこんなに魅力的なものになるというわけだ。
こうゆうやり方は小学校時代の図工を想起させる。
『子供の心を忘れない』事を強調してる作品とも言えよう。
リサイクル作品をテーマにしたものはここにもある。
たんすの中にあるひそかに着ない服。
それを何かに使えないか。
それをイメージしたのがこの作品だ。

たんすの中にある服が姿を変えて外の世界へ。
それを象徴するように、まるで蝶々のように舞っている形でそれが描かれている。
美術の基本といえば、もちろん絵画。
オチャビの展示作品には絵画作品もある。

このようなシンプルかつ魅力的な作品もあれば…

このような本格的な作品もある。
ダヴィンチさんがとらえた水の流れをイメージさせるような作品である。
バリエーションの多いオチャビも、アートに対する初心を忘れてないというわけだ。