大学での日々も終わり、孤立した私は今もその中にいる。

ここからしばらく離れて私は、今になってようやく気付いた事があった。

大学時代、私にとってリア充の全てだったこの世界は、本当は狭い世界に過ぎなかったのだ。



広いけど、狭い世界…



私はずっとその狭い世界の中にいたというわけだ。

私はあらためて世界の狭さを痛感した。

井の中の蛙以上に私は広い世界を知らなかったという事…

2009年のあの出会いはなかった方がよかったのだろうか…

こんな狭い世界に依存せず、広い世界に出るべきだったのだろうか…

本格的な交流は、きっかけをくれた恩人だけにとどめるべきだったのだろうか…

…そうであったとしても、そうしたら私はそれよりも寂しい日々だけで終えていたかもしれない…

けど、今の方がその時よりももっと寂しい気がするのは気のせいだろうか…

私はこの時に生まれて初めて『寂しい』という事を身を持って知る事となった。

こんな寂しい思いをするなら、最初からここでの発展はない方がよかったの…?

私が築いた事は、全て本物じゃなかったの…?





こんな形になるのだったら、その年にこの場から離れる形でこうなるべきだったのかな…

例え今までの事とは疎遠になってもみんなとの関わりはこれからも続き、いつか必ずまた会えるんだもの…

でも…

今の私は…





崩壊前に交流していた相手が話していたツイートを画面メモしたものが今も残されている。

それさえも忘れられた事が私の心にさらに深い傷を与えた…







今となっては、もう崩壊した跡地しか私には残されていない。

楽しかった日々、そして交流した人達も長い夢の中にいたかのように私から消え去っていった。

こんな形になるのだったら、最初からこういう形での交流はするんじゃなかったのだろうか…





私がこのような思いをした事の答えは、これから先にあるのだろうか。

狭い世界から離れて、広い世界に向かっていけば本当の答えがあるのだろうか。

そのために私は…