結局、ネットワーク上での仲などまやかしでしかないのだ。

少し興味がわいたらわいたでそこへ行き、交流の長さや深さに関わらずちょっと不愉快になったらそれを受け流さずにあっさり切る…

過去の交流よりも今の事…

それだけが縁の切れ目の根拠…

他人の気持ちなど他人事…

聞きもせず、ただちょっと不愉快なだけを理由に今までの関係をなしにする…

そのあっさりさは、派遣会社よりもひどいものだ…

そしてまたいい事だけしかしてない楽な方へと走る…

本当の仲なら、多少の不愉快なんかに動じたりせず最低でもスルー、理想で聞いてくれたりフォローしてくれたりするもの…

でもネットワーク上では、そんな事はない…



結局、SNSサイトでの交流など本当の交流ではない。

そこでの交流は、本当の仲ではないのだ。

所詮、SNSサイトは都合のいい事しか聞こうとしないまやかしの仲…

言わば、いい事だけという金を持つお客さんをターゲット、もしくはカモにしているに過ぎないのだ…

深刻な悩み、愚痴を問わず自分にとっていい事のない、そういう金のない客などおはらい箱なのだ。

結局、ネットワークでの交流など、『本当の友達』ではないのだ…





それで、私には本当の友達なんて一人もいなかったのだという事もほぼ悟った…

私は、最初からずっと一人ぼっちだったのだ…






それとも何だろうか。

『あの人は、よほどの事がない限りこんな事を言う人じゃない』という風に私は思われていなかったのだろうか…

直に、しかも深く付き合った事のある人にさえも私はそう信頼されてはいなかったというわけなのだろうか…

私は、その程度にしか見られてなかったという事なのだろうか…

これは、私の『人としての価値のなさ』を暗に言ってるにも等しいと言えるだろう。

著名な人が何か少し尖った発言をしても大丈夫だろうが、価値のない人が不愉快な発言をしたら、元々どうでもよかったという本音が安易に現れあっさり捨てられる事になる。

どうだっていい人と離縁しようが、別に仲良しとも友達だとも思ってない相手にとっては何とも思わない。

代わりならいくらでも拾えるというのがネットワークの世界というものなのだ。

だからこそ、過去の交流や直の出会いによる楽しい過去を問わず、都合のいい事をしてくれない価値のない相手は簡単に切り、二度と戻らない。

自ら自覚していようとも、このような形で『自分は価値のない人』と見なされるのは、本人にならないとわからないほど傷つけられるものだ。

企業とかならともかく、就職どころかまだ成人にもなってない子供にそう見なされるのはショックでならない。






そしてまた気に入らなくなったら簡単に捨て去りまた新たな『代わり』を探す…

そんなゲームのようなリアリティのない環境での交流など、結局本当の友達までには至らないものなのだ。

ネットワークにおける人の価値観は、会社よりも偏見の激しく極端なもの。

交流とはいうが、本当の意味の交流にはなってない。


家庭環境にも、経済にも私は何一つ不自由なく育てられていた。

しかし、それの代償のごとく、人の付き合いには恵まれなかったのだ…

それは、リアルにおいても、ネットワーク環境においても同じ事だった…