今回私が体験したのは、『デッサン』だった。

デッサンという概念をひそかに詳しく知らなかった私にとって今回の参加はあらためてその概念やそれを形にした事を直に知るいい機会だった。





デッサンとは、下書きみたいなもの。

位置、大きさ、形を多少大まかに設定して少しずつ形にしていく方法だ。

漫画やイラストにおいても、まずはここから始めるのだろう。

まず最初に、線を引いて物の位置、大きさを大まかに分けた四角形を描き、それに修正を加えるように斜め線を引いて本体の形に近づけていく。

その後は、形の特徴を強調出来るように球体ならそれを横に切ったイメージで楕円形の線を描いたり、







オチャビは、淡々とした教え方で趣旨をストレートに述べるようにティーチしているので飲み込みの早い人はすぐに上手に描けるようになっていた。

私の場合は、他よりもかなり遅く1番出来が途中過ぎる形だった。

私の場合、飲み込むもそうだが、動きにしないというのもあるのかもしれないが…

それでも先生方は、その中にあるそれなりにいい評価をしてくれた。

その評価は、気遣いという事を思わせない本当のいい評価をしてくれているものだった。

後は苦手な事の克服あるのみ、というわけで…






その後、アンケート提出に乗る形でオチャビに私の事をそれなりにアピールした。

『野村幸穂』さんの作品を機に一躍存在すら知ろうとも思ってなかったオチャビに関心を持つようになった事、今回の体験を機にこういう形のアートに一躍関心を持ったという事、就職したらここに通う事を予定している事…

マァ、この程度で私の事をオチャビに知ってもらえたという過信はしないようにはしておこう。

まずは、立場を安定させてからだ。

御茶ノ水に来た目的は、元々そのためにあるのだから…







作品第一号とパンフレットを手に、私は初めて入ったオチャビを後にした。











『そこに何か素晴らしいものがあるから、その素晴らしいもの自身に限らず、その素晴らしいものがある場所全てが素晴らしく感じられる。』

『星のおうじ様』の言いたい事もきっとそうなんだと私は思う。

それが一番強調されるのはやはり野村幸穂さんの作品にあると私は思う。

『モモリのベランダ』の挿絵のあるポスターがなかったら、私は今頃目の前を通ってもオチャビに振り向きもしなかっただろうから。

その時まで無関心だった事を一躍素晴らしいと思うようになったのは、『モモリのベランダ』の魅力に一目惚れをして、それを機にそれがあるオチャビそのものを好きになれたからなのだから…



聞いた話によると、野村幸穂さんは、オチャビでは予備校の方で通っていたとの事だ。

という事は、今はどこかの美大にいるという事なのだろうか。

当時、野村さんの事を専門学校生としてのOBだと思っていただけに迂闊だった。

だからあんなにすごい作品なのに、広く知られてないのか…

これからどこかで野村幸穂さんの作品に出会えないだろうか。

当初は、野村幸穂さんの作品だけに関心を持っていたが、それが今ではオチャビそのものへの関心にまで広がっている。

野村幸穂さんの作品、そして『モモリのベランダ』にまた出会えた後も私はオチャビへの関心はこれからも持ち続けるだろう。

その関心は、将来アートジムか専門学校生として通う事もガチで考えているほどだ。





『モモリのベランダ』の挿絵のあったポスターがなくなって5ヶ月…



あれはいつ頃の作品なのだろうか。

今もあの中に『モモリのベランダ』はあるのだろうか…

あれは絵本にするのを意識したものと聞いただけに、オチャビ内にこもらず是非とも将来どこかでお目にかかりたいものだ…

もし、それができずとも、せめてあの挿絵だけでもまた見れたら…





私が安定した立場を得て立派な存在になれば…

そして私がオチャビとさらに深く関わりを持つようになれば…

そうすればきっと…

また会えるよね…





オチャビの存在は、私にアートへの関心だけでなく、就職へのモチベーションもさらに上げてくれる存在にもなったというわけだ。





私は今も、オチャビに関わるものを目の当たりにする度に、『モモリのベランダ』をイメージしている。

そしてそのイメージは、オチャビへの関心を今も育て続けている。