2月23日。
3年前のこの日、私は子供としか言いようのないバカバカしい挑戦を終えて、待ちに待ったブログを始めた。
当初は、使い方になかなか適応しなかったが、やってくうちにブログらしいやり方ができるようになった。
当初は、画像投稿のやり方もわからなかったからね…
きっかけを作った恩人とも早速会い、待望のブログライフがスタートした。
ブログライフは、私にとってリア充の宝庫であり、全盛期を築いた糧であった。
友人も出来ず、バカバカしい挑戦にもあっさり敗れ去り日々を過ごす事の目的を失った矢先、2009年に始めたブログライフは、今の私を作る一番の糧となった。
最初は、なかなか存在をアピール出来ず、孤立した日々が続いていたが、半年も経たない間に少しずつ交流相手が現れ、時には少ないながらもコメントをくれる人も現れた。
本格的な心境で作成した記事にわざわざコメントをしてくれる事はブログライフの生き甲斐の象徴でもあった。
ブログライフの発展は、ネットワークだけに止まらず、リアルにも及んだ。
文化の日、私は初めてポケモンセンターで直に交流する機会を得た。
その時の事は、今でも忘れられない。
ポケモンセンターでの集まりは、その後もたくさんの人と会う事へと発展した。
今まで相手にされる事がなかった私にとって初めての友人が出来た瞬間だった。
この時の交流がなかったら、私は今よりも充実感のない日々を過ごしていただろう。
その時の日々は、私にとって、ブログライフ、そして人生の中で最高の日々だった。
シリーズが変わった後もその後を継ぐように交流はさらに発展した。
その発展は、名古屋まで行くまでに広がった。
シリーズが変わる前の最後のシーズンを飾る交流だったというのは今も印象深く覚えている。
高校時代から憧れていたブログライフは、私に今までにない様々なリア充を与えてくれた。
直の交流っていいなぁ…と20年以上生きて初めて実感した瞬間だった。
それから2年…
そのリア充の日々は、終わりを告げる事となった…
初の公務員試験に受からず仕舞いになった後から私を支えていたリア充は、一気に崩壊した。
ネットワークでの交流がいかに軽いもの、そして観察力のない人ばかりだという事を痛感する事態にもなった。
ネットワーク上の人は、本体は本物の人間だが、扱いは結局バーチャルな存在にしか扱っていないものだったのだ…
ネットワークでの誹謗中傷やいじめというのは、他の人にとっては対岸の火事だというのに、それによって発せられる愚痴に対しては悪い反応を示す。
他人への悪態には無関心の癖に、直に発してない愚痴に対しては悪い反応を示すというのはおかしくないか…
ネットワーク上の人が、ネットワークいじめに無関心なのは、そういう理由があるのだろう…
そこに本人がいない=バーチャルという架空の存在であり、その人はそもそも実在しないという受け止め方をしているからそうなるのだろう…
ネットワークでの交流の光と闇を私は、直に知る事となったのだった…
昨年の今頃は、まだそうではなかった。
空白の日からだいぶ気持ちを切り換えてあらためてブログデビュー記念日を明るく祝っていた。
その後も今までと変わらず、また楽しい交流を続ける事ができた。
ここでの交流、そしてそれによる発展から生まれた直の交流があったからこそ私は立ち直れた。
来年度もここでの支え、そして復帰ができるように頑張ろうと思う事ができた。
それが今やここまで崩壊したのを誰が想像できただろうか…
今もなお私が負わされた傷痕は、残されている。
傷をつけた本人は、忘れてるだろうが、付けられた本人は忘れてはいない。
それが被害者と加害者の心境の違いというものだ。
今も自分だけが正しいかのように嫌がらせを続ける人もいる…
それを経たないかのように悪ノリして、付け込む人もいる…
これからの私に壊された日々を取り戻せる時は来るのだろうか…
2012年。
この年は、マヤ文明にとって一つの区切りとなる年でもある。
私も、今年度は一つの区切りとなる年…
その区切りと共にこれからをどう築いていくかがこれからの使命だ。
2012年は、辰年。
ひそかに私の干支の年だ。
これからの日々を少しずつでも取り戻せるようにできるかどうか…
年子として今まで以上の行いをできるようにする…
それが私の進む道だ。
私が今なすべき事をやり遂げ、立場を固めればまた2009年のような日々が送れるようになる。
ブログライフとポケモンライフ、そしてその時の日々に誇りを持てるようになる。
きっとそうだよね…
3年前のこの日、私は子供としか言いようのないバカバカしい挑戦を終えて、待ちに待ったブログを始めた。
当初は、使い方になかなか適応しなかったが、やってくうちにブログらしいやり方ができるようになった。
当初は、画像投稿のやり方もわからなかったからね…
きっかけを作った恩人とも早速会い、待望のブログライフがスタートした。
ブログライフは、私にとってリア充の宝庫であり、全盛期を築いた糧であった。
友人も出来ず、バカバカしい挑戦にもあっさり敗れ去り日々を過ごす事の目的を失った矢先、2009年に始めたブログライフは、今の私を作る一番の糧となった。
最初は、なかなか存在をアピール出来ず、孤立した日々が続いていたが、半年も経たない間に少しずつ交流相手が現れ、時には少ないながらもコメントをくれる人も現れた。
本格的な心境で作成した記事にわざわざコメントをしてくれる事はブログライフの生き甲斐の象徴でもあった。
ブログライフの発展は、ネットワークだけに止まらず、リアルにも及んだ。
文化の日、私は初めてポケモンセンターで直に交流する機会を得た。
その時の事は、今でも忘れられない。
ポケモンセンターでの集まりは、その後もたくさんの人と会う事へと発展した。
今まで相手にされる事がなかった私にとって初めての友人が出来た瞬間だった。
この時の交流がなかったら、私は今よりも充実感のない日々を過ごしていただろう。
その時の日々は、私にとって、ブログライフ、そして人生の中で最高の日々だった。
シリーズが変わった後もその後を継ぐように交流はさらに発展した。
その発展は、名古屋まで行くまでに広がった。
シリーズが変わる前の最後のシーズンを飾る交流だったというのは今も印象深く覚えている。
高校時代から憧れていたブログライフは、私に今までにない様々なリア充を与えてくれた。
直の交流っていいなぁ…と20年以上生きて初めて実感した瞬間だった。
それから2年…
そのリア充の日々は、終わりを告げる事となった…
初の公務員試験に受からず仕舞いになった後から私を支えていたリア充は、一気に崩壊した。
ネットワークでの交流がいかに軽いもの、そして観察力のない人ばかりだという事を痛感する事態にもなった。
ネットワーク上の人は、本体は本物の人間だが、扱いは結局バーチャルな存在にしか扱っていないものだったのだ…
ネットワークでの誹謗中傷やいじめというのは、他の人にとっては対岸の火事だというのに、それによって発せられる愚痴に対しては悪い反応を示す。
他人への悪態には無関心の癖に、直に発してない愚痴に対しては悪い反応を示すというのはおかしくないか…
ネットワーク上の人が、ネットワークいじめに無関心なのは、そういう理由があるのだろう…
そこに本人がいない=バーチャルという架空の存在であり、その人はそもそも実在しないという受け止め方をしているからそうなるのだろう…
ネットワークでの交流の光と闇を私は、直に知る事となったのだった…
昨年の今頃は、まだそうではなかった。
空白の日からだいぶ気持ちを切り換えてあらためてブログデビュー記念日を明るく祝っていた。
その後も今までと変わらず、また楽しい交流を続ける事ができた。
ここでの交流、そしてそれによる発展から生まれた直の交流があったからこそ私は立ち直れた。
来年度もここでの支え、そして復帰ができるように頑張ろうと思う事ができた。
それが今やここまで崩壊したのを誰が想像できただろうか…
今もなお私が負わされた傷痕は、残されている。
傷をつけた本人は、忘れてるだろうが、付けられた本人は忘れてはいない。
それが被害者と加害者の心境の違いというものだ。
今も自分だけが正しいかのように嫌がらせを続ける人もいる…
それを経たないかのように悪ノリして、付け込む人もいる…
これからの私に壊された日々を取り戻せる時は来るのだろうか…
2012年。
この年は、マヤ文明にとって一つの区切りとなる年でもある。
私も、今年度は一つの区切りとなる年…
その区切りと共にこれからをどう築いていくかがこれからの使命だ。
2012年は、辰年。
ひそかに私の干支の年だ。
これからの日々を少しずつでも取り戻せるようにできるかどうか…
年子として今まで以上の行いをできるようにする…
それが私の進む道だ。
私が今なすべき事をやり遂げ、立場を固めればまた2009年のような日々が送れるようになる。
ブログライフとポケモンライフ、そしてその時の日々に誇りを持てるようになる。
きっとそうだよね…