帰省前日。
今朝はドアの向こうからした音によって一度起きた。
何やらがさごそという感じの明らかに不自然な音だった。
その音は、断続的に聞こえ、かなり不安に思った私は試しにドアに近づいた。
私が近くに来た時もやはり不自然な音は聞こえた。
この音は、何か当て嵌まりそうな音のように思えた。
その音は、まるでピッキングをしてるかのような音だった。
誰かが針金か何かを使って開けようとしてるのか…
チェーンによるダブルロックもあるが、だからといって過信は禁物だ。
私はしばらく様子を見る事にした。
時折音はしたが、鍵の部分が動いているような気配はなかった。
そうだとしたら寧ろかなり危ないのだが…
その時、ある場所が目にとまった。
もしやこれなのか…
今朝、外はかなり強い風だった。
だとしたら、この音は風によるものなのだろうか…
試しに開けてみると、全く人気はなかった。
だいぶ明るい時間帯になった以上、どうやらさっきのは風で間違いないようだ。
それで済んでほしいというのが今の心境だが…
2限目は親族法相続法。
親権についての続きをやった。
親権者は、子との利益相反行為において外形から客観的に考慮して、その行為に該当しない場合は代理行為を行う事ができる。
ただし、貢ぎや遊ぶ金欲しさのような濫用があった場合は相手方がその濫用の事を知り、もしくは知る事ができていた時は心裡留保を類推適用して親権者の行為が子に及ばない事になっている。
ただし、会社の営業維持のために権限を使い、それが利益となった場合は適用しない。
親権の終了要件には、親権の行使が著しく困難又は不適当で子の利益を著しく害する時に家庭裁判所の審判によって手続きを得るという方法がある。
今年度の改正により、子供本人が請求する事も可能になった。
児童虐待防止法では、虐待の可能性があると判断したら事実が真実であったなかったを問わず、どかどかと住宅内に確認のため潜入しても罪には問われず、またその可能性がある事を他者に話しても違反にならない。
プライバシーを濫用して虐待を隠滅する事が多い現代ではもっともらしい事と言えよう。
権利は教師、医師にある。
子供と身近に接したり体の異常に敏感な職を強調する制度と言えよう。
教師は、プライバシーの侵害や不法侵入などによる言い訳で逆ギレされるのを恐れてこうゆう事をなかなかしないのである。
だが、実際は法規模で罪には問われないので怪しいと思ったら堂々と潜入捜査するといい。
3限目は現代日本政治論。
地方分権についての事をやった。
自治体というのは、かつて機関委任事務という国が行う行政行為を自治体に任せる形でやらせられる形式が大部分だった。
機関委任事務を廃止した後、『三位一体改革』という政策が推進された。
三位一体改革というのは、国と地方の税源配分、国と補助金負担の廃止、地方交付税交付金の廃止という、自治体の独立を推進するための改革を言う。
そうする事により、自治体の国への依存をなくすのだ。
記憶に新しい『定額給付金』制度について、これは『景気刺激策』か『生活支援策』かという意見があった。
政治学の結論上では、どちらでもなく、単なる選挙のためのばらまきに過ぎなかったという批判がある。
一方、民主党のマニフェストの一つだった『子供手当』についても『子供のためになっているのか』という意見がある。
また、『コンクリートから人へ』という政策も意見がある。
ダム建設ではなく、人の福祉を充実させる政策で有名だが、介護福祉士の待遇はいまだに好ましくない実状がある。
今の『蟹工船』に当たるとも言えるのが、介護福祉士の待遇なのだ。
福祉を充実させるなら、それをする人の待遇も改善しなくてはならない事も忘れてはならない。
4限目は社会保障法。
生活保護についての続きをやった。
生活保護の支給金額は世帯、年、家族人数によって決まる。
また、収入がある場合はそれを控除して裁定される。
収入があればその分保護費用は減額されるが、トータルすると実質増えている事になる。
生活保護というのは、最低限の生活をする上で不足している分を補助するための制度でもある。
働いていても最低限の生活できるには至らない人だっている。
今の社会情勢にはそれなりに見合った制度と言えよう。
概念上で言う『最低限の生活』には議論がある。
有名な『朝日訴訟』では、その最低限の生活についての基準が問われた。
結局、保障金額が低くても違憲ではないという結論になったが、生活保護基準を引き上げるきっかけとなった。
必ずや訴訟に勝つ事が訴訟目的の全てではない。
今の基準は、朝日訴訟があったらこそ成り立っているのだ。
明日は久々の帰省である。
今回はただ帰省するだけで済まさないようにするのはもちろん前提にしている。
帰省から帰った後は、今までとは違う気を抜きすぎてはいけない日々になるのは確実…
これも本当の平穏と安息を手に入れるためだ。
今朝起きた出来事を私は一日中引きずっていた。
ただの臆病風であってほしい。
それが今の願いだ。
いつもと少し違うような街の様子は、私の中にある不安感をしばらく残し続けた。
平穏な日というのは、こんなにも恋しくなるものだったのか…
平穏のよさをあらためて実感した一日だった。
今朝はドアの向こうからした音によって一度起きた。
何やらがさごそという感じの明らかに不自然な音だった。
その音は、断続的に聞こえ、かなり不安に思った私は試しにドアに近づいた。
私が近くに来た時もやはり不自然な音は聞こえた。
この音は、何か当て嵌まりそうな音のように思えた。
その音は、まるでピッキングをしてるかのような音だった。
誰かが針金か何かを使って開けようとしてるのか…
チェーンによるダブルロックもあるが、だからといって過信は禁物だ。
私はしばらく様子を見る事にした。
時折音はしたが、鍵の部分が動いているような気配はなかった。
そうだとしたら寧ろかなり危ないのだが…
その時、ある場所が目にとまった。
もしやこれなのか…
今朝、外はかなり強い風だった。
だとしたら、この音は風によるものなのだろうか…
試しに開けてみると、全く人気はなかった。
だいぶ明るい時間帯になった以上、どうやらさっきのは風で間違いないようだ。
それで済んでほしいというのが今の心境だが…
2限目は親族法相続法。
親権についての続きをやった。
親権者は、子との利益相反行為において外形から客観的に考慮して、その行為に該当しない場合は代理行為を行う事ができる。
ただし、貢ぎや遊ぶ金欲しさのような濫用があった場合は相手方がその濫用の事を知り、もしくは知る事ができていた時は心裡留保を類推適用して親権者の行為が子に及ばない事になっている。
ただし、会社の営業維持のために権限を使い、それが利益となった場合は適用しない。
親権の終了要件には、親権の行使が著しく困難又は不適当で子の利益を著しく害する時に家庭裁判所の審判によって手続きを得るという方法がある。
今年度の改正により、子供本人が請求する事も可能になった。
児童虐待防止法では、虐待の可能性があると判断したら事実が真実であったなかったを問わず、どかどかと住宅内に確認のため潜入しても罪には問われず、またその可能性がある事を他者に話しても違反にならない。
プライバシーを濫用して虐待を隠滅する事が多い現代ではもっともらしい事と言えよう。
権利は教師、医師にある。
子供と身近に接したり体の異常に敏感な職を強調する制度と言えよう。
教師は、プライバシーの侵害や不法侵入などによる言い訳で逆ギレされるのを恐れてこうゆう事をなかなかしないのである。
だが、実際は法規模で罪には問われないので怪しいと思ったら堂々と潜入捜査するといい。
3限目は現代日本政治論。
地方分権についての事をやった。
自治体というのは、かつて機関委任事務という国が行う行政行為を自治体に任せる形でやらせられる形式が大部分だった。
機関委任事務を廃止した後、『三位一体改革』という政策が推進された。
三位一体改革というのは、国と地方の税源配分、国と補助金負担の廃止、地方交付税交付金の廃止という、自治体の独立を推進するための改革を言う。
そうする事により、自治体の国への依存をなくすのだ。
記憶に新しい『定額給付金』制度について、これは『景気刺激策』か『生活支援策』かという意見があった。
政治学の結論上では、どちらでもなく、単なる選挙のためのばらまきに過ぎなかったという批判がある。
一方、民主党のマニフェストの一つだった『子供手当』についても『子供のためになっているのか』という意見がある。
また、『コンクリートから人へ』という政策も意見がある。
ダム建設ではなく、人の福祉を充実させる政策で有名だが、介護福祉士の待遇はいまだに好ましくない実状がある。
今の『蟹工船』に当たるとも言えるのが、介護福祉士の待遇なのだ。
福祉を充実させるなら、それをする人の待遇も改善しなくてはならない事も忘れてはならない。
4限目は社会保障法。
生活保護についての続きをやった。
生活保護の支給金額は世帯、年、家族人数によって決まる。
また、収入がある場合はそれを控除して裁定される。
収入があればその分保護費用は減額されるが、トータルすると実質増えている事になる。
生活保護というのは、最低限の生活をする上で不足している分を補助するための制度でもある。
働いていても最低限の生活できるには至らない人だっている。
今の社会情勢にはそれなりに見合った制度と言えよう。
概念上で言う『最低限の生活』には議論がある。
有名な『朝日訴訟』では、その最低限の生活についての基準が問われた。
結局、保障金額が低くても違憲ではないという結論になったが、生活保護基準を引き上げるきっかけとなった。
必ずや訴訟に勝つ事が訴訟目的の全てではない。
今の基準は、朝日訴訟があったらこそ成り立っているのだ。
明日は久々の帰省である。
今回はただ帰省するだけで済まさないようにするのはもちろん前提にしている。
帰省から帰った後は、今までとは違う気を抜きすぎてはいけない日々になるのは確実…
これも本当の平穏と安息を手に入れるためだ。
今朝起きた出来事を私は一日中引きずっていた。
ただの臆病風であってほしい。
それが今の願いだ。
いつもと少し違うような街の様子は、私の中にある不安感をしばらく残し続けた。
平穏な日というのは、こんなにも恋しくなるものだったのか…
平穏のよさをあらためて実感した一日だった。