平日の中で一番多忙なのは、火曜日と水曜日なのかもしれない。

その理由は、単純明解だ。

2限目に講義があるからだ。

…私はいつからこうゆう生活週間になったのかなぁ…

来週からはダブル休講の日でも来ない限りそれなりのそういう過ごし方はできないのは事実だろう。

…というよりも、それ自体もうするべきではないというのが正しいのかもしれない。

川崎時代の習慣はいずこへ…?

来週からの過ごし方ができるのか今も気掛かりでならない。

今日、夢の中で故郷にいる私の数少ない友人が出た。

Vジャンプで全員サービスがあるのをメールで知らせてくれて以来、連絡をとっていない。





2限目は比較憲法。

今回はソ連、今のロシアの憲法についてをやった。

ロシアの政治形態は、二院制。

とはいうものの、権限を大統領がいまだに握っている形というのが正しいか。

日本で例えるなら、『大御所政治』という感じかもしれない。

一線を退いてもひそかに権限を持ち続けているという意味だ。


当時のロシアは社会主義国家だった。

その後、ゴルバチョフさんによるペレストロイカ改革によってソ連は崩壊して、同時に社会主義は崩壊した。

1993年にクーデターが起きたが、キーである軍隊がゴルバチョフさん側に着いた事を理由に失敗に終わった。

その前に、ゴルバチョフさんに対抗するためエリツィンさんが大統領に就任して現在の憲法が制定されて今に至る。

憲法上、大統領というのはかなり強い権限を持っている。

軍隊を動かす権利、外交の権利、非常事態における対策の権利など、その規模は独裁規模に相当するとも言える。

また、プーチンさんにより任期が4年から6年に延長された。

ロシアの大統領は、2期までしか認められない。

それを削除するのに失敗した妥協としてこの改正規定が設けられたのだ。

大統領をメドヴェージェフさんに譲った今もプーチンさんがひそかに大御所のような立場になっているのは記憶に新しいはずだ。



4限目は不法行為法。

慰謝料請求についての続きをやった。

慰謝料請求権について、判例や学説では『請求権は専有の権利であり、相続の対象にはならない』という考えがあった。

もちろん、それについて反対する学者もいた。

単に不条理過ぎるというのでは理由にならない法学界においてこの学説を提唱するのは熾烈を極めたという。

あえて、別の形で救済するなら、『被害者本人ではなく、相続人固有の権利として請求できる』というのがある。

今では金銭債権の一つという理由で相続が認められるケースもあるが、その背景にはこうゆう判例があるのだ。



損害賠償請求の規定は、民法711条にある。

これは、被害者が亡くなった場合は財産権侵害有無に関係なく損害賠償をしなくてはならないという規定である。

しかし、もしも亡くならなかったとしても身寄りがそれに相当する苦痛を受けた場合は、710条などを類推適用して賠償が認められる事になっている。



5限目は知的財産法。

著作権についての続きをやった。

著作権侵害というのは、どうゆう場合の事を言うのだろうか。

概念としては、『内容及び形式の覚知』と『表現上の本質的な特徴の同一性』というのがある。

特許と違い、著作権というのは相対的な独占排他権があり、創作したものはそれぞれ独立して著作者の権利を得る。

前者の概念をわかりやすく言うなら、『創作後、似たような著作物があったとしてもその存在を知らずに創作したものは侵害にはならない』という事になる。

偶然似た作品になってしまったという場合は、著作権侵害にはならないというわけなのである。

とはいえ、今や色んな場所から人知れず情報を得られる現代では、それを証明するのは容易な事ではない。

所謂『いちゃもん』を阻止するためにあると言うべきだろう。



『本質的な同一性』というのは、そっくりそのまま書き写すというのがその例になる。

もしも、その概念を広げたら論文やレポート作成をしただけで著作権侵害になる。

そもそも論文やレポートは、多くの著作をもとに自分なりの考えを述べるもの。

そうでもしなければ、学業崩壊というやばい事に成り兼ねない。

また、著作権には『公衆』という規定がある。

公衆というのは、特定かつ多数の者も含む。

この程度については議論がある。

少なくとも、そういう規定にしなければ、今頃水道橋の街道で『炉心融解』を聞きながら歩いた私は著作権侵害になる。(今日の実話)





帰りは知的財産法のその事をひそかに思い出しつつ『炉心融解』をBGMに水道橋を後にしたのだった。

もう一度言おう。

街道も公衆の概念上、公衆に当たるので『炉心融解』を流しても侵害にはならない。