帰省当日。

朝を迎えた私は、様々な心情の中にいた。

帰省したら私には何が待っているのか…

私自身、自宅に着くまで身がもつだろうか…

色んな意味で終わるまで安心感がつかめない一日になりそうだ。

今日も私は体を引きずるように学校へ向かった。

血になるものをひそかに食べてないからなのかなぁ…





2限目は親族法相続法。

養子縁組についての続きをやった。

未成年者が養子になる場合、法定代理人(ここでは両親)の同意が必要になる。

また、それだけでなく家庭裁判所の許可も必要とされている。

後継者のために養子縁組の許可を求めた裁判において、家庭裁判所は『その子の職業選択の自由を侵害する恐れがある』という理由で自ら意思を表明出来るようになるまで許可しなかった判例がある。

判断力がない事に付け込む形で養子をとられないようにするためという合理的な趣旨のある判断と言えよう。

家庭裁判所の判断というのは、必ずしも養子の福祉が保障されるとは限らないので、慎重に決めるようにしなくてはならないという今の社会問題に合わせた目的がある。

もちろん、養子縁組を税逃れなどのような非合法な使われ方をしてはいけないようにする事も忘れてはならない。





3限目は、現代日本政治論。

日米関係の新展開についてをやった。

戦後の日本は、アメリカの間接占領のもとで政治が行われていた。

当初は、戦争放棄のもとに軍隊を解散するよう呼びかけていたが、冷戦や朝鮮戦争の勃発により、その思考は変わっていった。

自衛隊が立てられたのは、その現れなのはご存知の通りだ。

イラクへの関与の時も、『派兵』ではなく、物資調達のための『派遣』として送られたのは、ひとまず戦争介入には入っていないので安心できる。

一度行った後の物事の解釈というのは、どうなるかわからない。

今後とも慎重に物事を行うようにしてもらいたいものだ。

今の日本は、戦後の統治により成り立ったものというイメージがあるが、日本も日本なりの意見を通した面影はちゃんとある。

その代表が、天皇制と議院内閣制だ。

アメリカからの草案から成り立った事も色々あるが、その中でも『戦争放棄』というのを明文化した日本国憲法を起草してくれたからこそ今日の日本は、どんな環境でも戦争には関わらず、巻き添えを食らわなくなっているのを忘れてはならない。





4限目は、社会保障法。

認可についてをやった。

保育所というのは、知事の認可を得る形で設置する事ができる。

これは『知事の認可がなければ設置できない』のではなく、『知事の認可を得る形での設置ができる』という事になる。

知事の認可で設立した保育所を認可保育所、認可なしで立てたのは無認可保育所という。

どこが違うかというと、『公的サービス』なのか『ただのビジネス』なのかに分けられる。

認可保育所の場合は、公的な補助や義務を負う形で設立されるのに対して、無認可保育所の場合は、『ただの社会法人』という私人間の形でサービスを行う保育所を言う。

言わば、『公立と私立』みたいなものだろうか。

『認可』と『許可』というのは、概念上全く違う。

認可というのは、『公的機関の補助のもとで法的効力を完成させる』つまりは、やらなくても出来る事にプラスアルファをする形を言う。

許可というのは、『原則禁じられている事を解除して、それをやれるようにする』事を言う。

許可の場合、基準を守らないと危険な事になる事に対して行われ、認可の場合は、危険はないとは言えないが、許可の対象と比べたらまだ危険度は低い方という基準のあるものに対して行われる。

保育所でも虐待が起きてる以上、その鈍さはどうかと思うが…





水曜日に帰省するのは、いつ以来だろう。

その気になればいつでも帰れるのだが、市川にいる時よりもやる事がない上に、市川にはもう長くいられないとするなら…





ひとまず今回は、私が今知りたい事のために帰省するのを第一にしておく。

今はただ、その事だけが気掛かりだ…