昨日の謎解きはディナーのあとでと聖☆おにいさんがいまだに離れない。
孤立した日々の中で久々に楽しい事を見つけたからだろうか…
謎解きはディナーのあとでも聖☆おにいさんもあらためてその魅力に気付けたからなのかもしれない。
何せどちらもわざわざ音読を越えて朗読したからね…
聖☆おにいさんに限らず、続編の謎解き買っちゃおうかなぁ…
今日の朝方、私はずっと影山さんのセリフを口ずさんでいた。
この程度の真相もわからないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか?
2限目は親族法相続法。
認知についての続きをやった。
認知請求権の放棄は、経済的な給付が十分に行われているなら、認められるという学説がある。
とはいうものの、一度放棄したら今更あらためて認知請求をしても却下規模で認められなくなるので、するならばそれなりの考えが必要だ。
認知をした場合、父子間では扶養義務や相続権など色んな権利が発生する。
苗字の場合、基本的には母親の苗字となるが、父親でも許可があれば可能となる。
親権の場合は、母親に移るが協議次第では父親にもできる。
こういう形であっても、産んだ本人である母親がいかに権利の強さがあるかがわかる。
だが、それは同時に義務も多くなるという事だが…
養子についてもやった。
養子というのは元々家の存続のためが主流だったが、後に親の扶養のために行われるいわゆる老後のための行いとなった。
家ではなく、個人のためという個人の生活を保障するための養子というのは、家単位で優先されていた当時と比べて個人の尊重が現れた目的になってると言えよう。
私も養子を入れなくてもいいようにちゃんとした跡取りと扶養者にならなきゃなぁ…
3限目は現代日本政治論。
戦後民主主義の光と影についてをやった。
戦後民主主義、それは第二次世界大戦後にアメリカになるように言われた政治形態の一つである。
軍国主義を廃して民主主義国家になるようにという形で今の政治形態が成り立っている。
民主主義になったのはいいが、本当に民主主義と言い切れるのかというのが今の問題にある。
その始まりは、冷戦などによる再軍備からだ。
あれほど軍隊作んなと言ったのにある日急に『あ、やっぱ少しはもたないと危ないよね』という形でアメリカは日本に再軍備を承認した。
これが今の自衛隊というわけだ。
目的はどうあれ、軍隊に相当するものを立てるのは民主主義後退の一因となる。
それからというもの、解釈の拡大や環境変化を理由に自衛隊はいつ戦場に送られてもおかしくないほどの扱いとなっている。
戦後に言われた民主主義と今の環境を考えると、戦後民主主義は明らかに形骸化している。
その形骸化がまた何かの繰り返しにならなければいいけど…
基地を広げる事への反対は、通りはしたもののそれが沖縄駐留を大部分にする事態となった。
その反対した場所には、我がゆかりの地、そして聖☆おにいさんの舞台、スタリバもある。
戦後掲げられた民主主義だが、気付かないうちに空中分解しないでほしいものである…
4限目は社会保障法。
利用者についての事をやった。
社会保障というのは、行政機関が行う措置から契約へと変わっているが、中には措置のままになっているのもある。
例としては、児童福祉の施設サービスを基本に一人暮らしで身寄りがないなど様々なやむを得ない理由がある時、そして場合によっては養護老人ホームへの入所がある。
利用者は、社会保障法上の保護を受けられるようになっている。
民法の一般原則を基本に、消費者保護法や成年後見制度など社会福祉において非合法な事を障害による不自由さにつけこむ悪行から保障者を保護する制度がある。
社会福祉が行政から企業にまで及ぶならこれ以上のやり方は当たり前だ。
利用者の保護に限らず、財源や監視など問題提起されている事にも目を向けなければならない。
これで今週の講義は終わりである。
明日はひとまず寝坊しなければフリーな一日である。
ひそかに安心して過ごせるのは、明日までなのだ…
というのも…
講義の復習に限らず、これからの空いた日々がどのように利用されるべきなのかはこれから次第なのだ…
私の中にはフリーを有効に過ごせるような気がしない心情がひそかに過ぎっていた。
孤立した日々の中で久々に楽しい事を見つけたからだろうか…
謎解きはディナーのあとでも聖☆おにいさんもあらためてその魅力に気付けたからなのかもしれない。
何せどちらもわざわざ音読を越えて朗読したからね…
聖☆おにいさんに限らず、続編の謎解き買っちゃおうかなぁ…
今日の朝方、私はずっと影山さんのセリフを口ずさんでいた。
この程度の真相もわからないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか?
2限目は親族法相続法。
認知についての続きをやった。
認知請求権の放棄は、経済的な給付が十分に行われているなら、認められるという学説がある。
とはいうものの、一度放棄したら今更あらためて認知請求をしても却下規模で認められなくなるので、するならばそれなりの考えが必要だ。
認知をした場合、父子間では扶養義務や相続権など色んな権利が発生する。
苗字の場合、基本的には母親の苗字となるが、父親でも許可があれば可能となる。
親権の場合は、母親に移るが協議次第では父親にもできる。
こういう形であっても、産んだ本人である母親がいかに権利の強さがあるかがわかる。
だが、それは同時に義務も多くなるという事だが…
養子についてもやった。
養子というのは元々家の存続のためが主流だったが、後に親の扶養のために行われるいわゆる老後のための行いとなった。
家ではなく、個人のためという個人の生活を保障するための養子というのは、家単位で優先されていた当時と比べて個人の尊重が現れた目的になってると言えよう。
私も養子を入れなくてもいいようにちゃんとした跡取りと扶養者にならなきゃなぁ…
3限目は現代日本政治論。
戦後民主主義の光と影についてをやった。
戦後民主主義、それは第二次世界大戦後にアメリカになるように言われた政治形態の一つである。
軍国主義を廃して民主主義国家になるようにという形で今の政治形態が成り立っている。
民主主義になったのはいいが、本当に民主主義と言い切れるのかというのが今の問題にある。
その始まりは、冷戦などによる再軍備からだ。
あれほど軍隊作んなと言ったのにある日急に『あ、やっぱ少しはもたないと危ないよね』という形でアメリカは日本に再軍備を承認した。
これが今の自衛隊というわけだ。
目的はどうあれ、軍隊に相当するものを立てるのは民主主義後退の一因となる。
それからというもの、解釈の拡大や環境変化を理由に自衛隊はいつ戦場に送られてもおかしくないほどの扱いとなっている。
戦後に言われた民主主義と今の環境を考えると、戦後民主主義は明らかに形骸化している。
その形骸化がまた何かの繰り返しにならなければいいけど…
基地を広げる事への反対は、通りはしたもののそれが沖縄駐留を大部分にする事態となった。
その反対した場所には、我がゆかりの地、そして聖☆おにいさんの舞台、スタリバもある。
戦後掲げられた民主主義だが、気付かないうちに空中分解しないでほしいものである…
4限目は社会保障法。
利用者についての事をやった。
社会保障というのは、行政機関が行う措置から契約へと変わっているが、中には措置のままになっているのもある。
例としては、児童福祉の施設サービスを基本に一人暮らしで身寄りがないなど様々なやむを得ない理由がある時、そして場合によっては養護老人ホームへの入所がある。
利用者は、社会保障法上の保護を受けられるようになっている。
民法の一般原則を基本に、消費者保護法や成年後見制度など社会福祉において非合法な事を障害による不自由さにつけこむ悪行から保障者を保護する制度がある。
社会福祉が行政から企業にまで及ぶならこれ以上のやり方は当たり前だ。
利用者の保護に限らず、財源や監視など問題提起されている事にも目を向けなければならない。
これで今週の講義は終わりである。
明日はひとまず寝坊しなければフリーな一日である。
ひそかに安心して過ごせるのは、明日までなのだ…
というのも…
講義の復習に限らず、これからの空いた日々がどのように利用されるべきなのかはこれから次第なのだ…
私の中にはフリーを有効に過ごせるような気がしない心情がひそかに過ぎっていた。