外はまだ少しだけ曇っていた。
一応今日は午後辺りから晴れるらしい。
一日のうちに晴れから雨になったパターンは見かけた事があるだけに、その逆のパターンだってあるはずだ。
故郷にいようが、市川にいようがポケモンスマッシュは見れそうにない…
どうせなら、ポケモンスマッシュもDVDに録画しようかなぁ…
市川にいても見れない理由、それは単にド寝坊してるからにすぎないのだが…
しばらくして、私は昨日病院に連れていったバニラを迎えに行った。
結局私って行った意味あったのかなぁ…とひそかに思っていた。
バニラのいない我が家は、物足りない環境だった。
やんちゃであるが、バニラもすっかり我が家の一部になっているというわけだ。
避妊を終えたバニラは、かなりおとなしくなっていた。
これが手術後の事なのか、一時的な事なのか気になるところだ。
私が次回帰省する時にわかるはずだ。
午後になり、私は親戚の家に行った。
目的は、ゴミ収集と親戚に色々渡すためだ。
到着後、私達はひとまず冷蔵庫の中の整理をメインに掃除をした。
前回草取りをした畑は色んな作物が植えられていた。
収穫時期になるのが自宅同様楽しみである。
その時は、無為自然に任せすぎずに管理も忘れずに…
その後、神社に行った。
偶然にも今日は、祭りの日だった。
この奇遇は、かなりの縁起物である。
ひそかにこの時に神社を訪れたのは今回が初めてかもしれない。
その後、親戚の家へ行き、祭りで買った大判焼きやお好み焼きをあげた。
小さい頃は、ひそかに大判焼きは楽しみだったっけね…
ゆかりの場所で売られなくなってかなり経つけど、ひそかに今も憧れてるのが実感される。
小さい頃の事って大人年代になっても続くものなのかも。
その後、親戚を自宅に送り、あらためてゴミを回収してあらためて親戚の家を後にした。
一人暮らしをしてる親戚は、隣の人や知り合いがたくさんいる上に、頻繁に誰かと出掛けてるとの事。
これなら一人暮らしも寂しくないと言えるだろう。
その一方で私は…
今までは故郷にいるよりも市川にいる方がよっぽどいいと思うのが当たり前だった。
その規模は、市川にこのまま就職してしまいたいと思うほどのものだった。
その考えが変わったのはいつからなのだろう…
休日楽しむ場所もなく、畑の他にやれる事はなく、楽しめる場所は、遥か遠くにある…
そんなリア充から掛け離れた場所を今ほど市川以上に帰ってこようと思った事はなかった。
市川にいる時と比べて場所にも環境にも恵まれた場所はほとんどないだけに跡取りというモチベーションの他に故郷に就職しようと思う事はなかった。
一番明確なのは市川の役所に受からなかった時からだろうか…
その日からただ市川にもういられなくなったという事が確定して、就職場所が故郷へ向けられたのが始まりなのかもしれない…
他にも私が市川にいる事か我が家に大きな負担をさせている事への痛感もあるかもしれない。
しかし、それは私が故郷にいたところで変わらない事だ。
だとしたら…
私が故郷への就職に積極的になったのは、『居場所をなくした』からなのかもしれない。
それ以降から、私は市川にいても休日にバカンスに行っても楽しさも充実感もなくなってきている。
スタリバを基本にポケモンセンターにさえ近頃その頃の気持ちを抱かなくなっている。
その理由はおそらく…
市川に受からなかった時から、私は壊れゆく日々の中にいたというわけだ…
市川を離れるという理由でその日々になるのだったらその方がマシだった。
私は、あの時から既に今も、そしてこれからの事も失っていたのだ…
私の帰れる場所…
いてもいいと言われる居場所…
壊れゆく日々の中、私はようやくその意味に気付いた。
このような形で故郷に就職する本当の意味に気付けたとは皮肉かつ鈍いものである…
これからの私に待っている日々はどんな日々なのだろう…
私の『本当の意味』での帰りを待つ故郷のために必ず故郷に就いてみせよう…
そう切に思いながら、私は故郷を後にした。
これからの日々に、本当に楽しい日々は訪れるのかな…
一応今日は午後辺りから晴れるらしい。
一日のうちに晴れから雨になったパターンは見かけた事があるだけに、その逆のパターンだってあるはずだ。
故郷にいようが、市川にいようがポケモンスマッシュは見れそうにない…
どうせなら、ポケモンスマッシュもDVDに録画しようかなぁ…
市川にいても見れない理由、それは単にド寝坊してるからにすぎないのだが…
しばらくして、私は昨日病院に連れていったバニラを迎えに行った。
結局私って行った意味あったのかなぁ…とひそかに思っていた。
バニラのいない我が家は、物足りない環境だった。
やんちゃであるが、バニラもすっかり我が家の一部になっているというわけだ。
避妊を終えたバニラは、かなりおとなしくなっていた。
これが手術後の事なのか、一時的な事なのか気になるところだ。
私が次回帰省する時にわかるはずだ。
午後になり、私は親戚の家に行った。
目的は、ゴミ収集と親戚に色々渡すためだ。
到着後、私達はひとまず冷蔵庫の中の整理をメインに掃除をした。
前回草取りをした畑は色んな作物が植えられていた。
収穫時期になるのが自宅同様楽しみである。
その時は、無為自然に任せすぎずに管理も忘れずに…
その後、神社に行った。
偶然にも今日は、祭りの日だった。
この奇遇は、かなりの縁起物である。
ひそかにこの時に神社を訪れたのは今回が初めてかもしれない。
その後、親戚の家へ行き、祭りで買った大判焼きやお好み焼きをあげた。
小さい頃は、ひそかに大判焼きは楽しみだったっけね…
ゆかりの場所で売られなくなってかなり経つけど、ひそかに今も憧れてるのが実感される。
小さい頃の事って大人年代になっても続くものなのかも。
その後、親戚を自宅に送り、あらためてゴミを回収してあらためて親戚の家を後にした。
一人暮らしをしてる親戚は、隣の人や知り合いがたくさんいる上に、頻繁に誰かと出掛けてるとの事。
これなら一人暮らしも寂しくないと言えるだろう。
その一方で私は…
今までは故郷にいるよりも市川にいる方がよっぽどいいと思うのが当たり前だった。
その規模は、市川にこのまま就職してしまいたいと思うほどのものだった。
その考えが変わったのはいつからなのだろう…
休日楽しむ場所もなく、畑の他にやれる事はなく、楽しめる場所は、遥か遠くにある…
そんなリア充から掛け離れた場所を今ほど市川以上に帰ってこようと思った事はなかった。
市川にいる時と比べて場所にも環境にも恵まれた場所はほとんどないだけに跡取りというモチベーションの他に故郷に就職しようと思う事はなかった。
一番明確なのは市川の役所に受からなかった時からだろうか…
その日からただ市川にもういられなくなったという事が確定して、就職場所が故郷へ向けられたのが始まりなのかもしれない…
他にも私が市川にいる事か我が家に大きな負担をさせている事への痛感もあるかもしれない。
しかし、それは私が故郷にいたところで変わらない事だ。
だとしたら…
私が故郷への就職に積極的になったのは、『居場所をなくした』からなのかもしれない。
それ以降から、私は市川にいても休日にバカンスに行っても楽しさも充実感もなくなってきている。
スタリバを基本にポケモンセンターにさえ近頃その頃の気持ちを抱かなくなっている。
その理由はおそらく…
市川に受からなかった時から、私は壊れゆく日々の中にいたというわけだ…
市川を離れるという理由でその日々になるのだったらその方がマシだった。
私は、あの時から既に今も、そしてこれからの事も失っていたのだ…
私の帰れる場所…
いてもいいと言われる居場所…
壊れゆく日々の中、私はようやくその意味に気付いた。
このような形で故郷に就職する本当の意味に気付けたとは皮肉かつ鈍いものである…
これからの私に待っている日々はどんな日々なのだろう…
私の『本当の意味』での帰りを待つ故郷のために必ず故郷に就いてみせよう…
そう切に思いながら、私は故郷を後にした。
これからの日々に、本当に楽しい日々は訪れるのかな…