水曜日。

この日を過ぎると、大概すぐに週末になるのは気のせいだろうか…

時の経過を早く思うのは、早く来てほしい時があるからというが今の私にはあるのだろうか…

いずれにせよ、時は経過するものである以上、その日その日を棒に振らずに過ごすのがいいのだろう。

講義のない日がある私は、それを尊重するべきなのかもしれない…






2限目は、親族法相続法。

認知についての続きをやった。

認知において、もし成年の子がその対象となっているなら、子の承諾を得なければならない。

判断力があるという事、そして育児放棄などをした癖に産みの親だけは主張して扶養義務はちゃっかり負わせようとする非合法なやり方を阻止するための規定と言えよう。

生物的な父子関係のない子を認知した場合、その事実が明らかになったらそれは無効になる。

認知をしたら、その認知の取消は効かなくなる。

詐欺や強迫による虚偽の意思表示をされた場合は除くが、それほど認知というのは効力の強いものだというのがわかる。

もちろん、その非嫡子関係をバックレる人も時にはいる。

そのため、裁判によって父子関係の存在を確認する裁判認知というのもある。





3限目は、現代日本政治論。


今回は、私が入学した頃の政治についてをやった。

私が政治にようやく関心をもつようになったのは、その時からだった。

当時の首相はまだ福田さんだったかなぁ…

安倍さんからというもの、たらい回しややり逃げみたいな形で短期政権で終わったのは記憶に新しい。

衆議院の不信任による解散だと信用をなくしていると思われるため、大部分は憲法7条解散だと言っている。

歴代総理で長く続いたのは、吉田さん、佐藤さんがその代表だ。

共通してるのは、『一つの目標を掲げてそれをやり遂げた』という事だ。

多くの事を一度にやろうとするのは、誰だって出来る事ではない。

一つずつでもいいから、まずは『何かをやり遂げる』という事を前提にしてほしい。

小さな事からこつこつと、というのは今こそ受け入れるべき事だ。





4限目は、社会保障法。

社会福祉の措置制度についてをやった。

社会福祉が成り立った当時、社会福祉は全て行政が行っていた。

措置権者である行政機関と利用者の間には、『施設に入所させる』と『費用を徴収する』の法律関係が成り立っていた。

その際、入所する場所は行政機関が決める事になっていた。

措置制度には、様々な問題点があった。

社会福祉が必要ななかを判断するのは行政機関の主観的観点である事による最低基準の軽視、そして何より高齢化による供給不足の常態化がその代表だ。

そのため、後に社会福祉は行政機関の措置ではなく、契約によるやり方となり、企業にも委託するようになった。

社会制度の変化が今の日本の社会環境を表しているのがわかる変わり方と言えよう。





今週は再び帰省だが、前回みたく何か言われないかひそかに気掛かりに思っている…

今度は予告してた通りだが、それを親族はどう受けるのだろうか…

少なくとも、故郷にいる時はスロースタートにならないようにする事は前提にしなくては…

ある日まではまだ多少あるのだが、それ以降がひそかに気になっている。

あの日が終わった後、私はどんな気持ちで故郷にいるのだろう…







今日は久々の満月である。