あらためて市川生活再開。

あらためて今度は緊急帰省にならないように過ごせるようにしなくては…

ひそかに前回も経験しているわけだが、今回は本当に浪費してないのだが…

いずれにせよ、表面の事実が優先されるのが大部分である以上、どうにかなる事じゃないけどね…

最初時計を見てみたら午前5時10分をさしていた。

また途中起きってやつか…

今日はそんな急ぎではなかったので、案の定もう少し寝ておく事にした。

とはいうものの、今回は二度寝したいという気分ではなかった。

こうゆう起き方が私としては理想的なんだろうけど…

こうゆう形になったら、ポケモンのデビューとかでもいいから、それをするのを理由にもう布団に入らないようにするのがいいんだろうなぁ…

それからしばらくして私はあらためて出発した。



DIVAをやるために一旦寄り道をした後、私はあらためて水道橋に向かった。

空は久々の晴れ間が広がっている。

僅か数日ぶりとはいえ、こうゆう望ましい日というのはその日にならなかっただけで久々感を抱くものなのだろう。

あらためていかに大事な時であるかを実感する機会になるわけだ。



サイハテをBGMに学校へ向かった。

講義が少ない分、時の浪費だけはしないようにしなくては…

もちろん、講義そのものもね…



今日は、日本法制史を受けた。

離縁状というのは、村の制度によっては必要ない地方もあった。

当時、村の中には寺請制度というのがあり、婚姻する際は、そこにその事を届け出るだけでよかった。

そのため、離縁する時は離縁状ではなく、寺に登録してある人別(今で言う戸籍)をその寺に移す『送籍』を元の寺に戻す手続きをするだけでよかった。

わざわざ離縁状を作成しなくてもこの方が手っ取り早いからなのだろう。

ちなみに離縁状のない地域や地方を上げるとしたら、シンオウ地方や我が故郷のある地域がある。



離縁状には、時に自らの立場を誇らしげに細々と描いている部分も見受けられる。

しかし、その大部分は見えっ張りを理由にしているのがほとんどで、実際にそうである人はそんな書き方はしない。

他人に身分が低く見られたくないがためにわざとらしく大袈裟に誇らしく書く人は大概それほどの身分のものではない。

実際にそういう人は、その事をわざわざ書かなくても当たり前のようにわかってると思い、普通に書くものなのだ。

大袈裟よりも普通の振る舞いが一番という事なのだ。

本当に自身を誇らしく思うなら、大袈裟に表さないのがいいというわけだ。



離縁状には、名前の欄にハサミで切り込みを入れていたり、夫婦の名前の間に線が引かれている時もある。

これは、離縁を強調するために行われた事だと言われている。

離縁する気持ちは、お互い本気だという事をわかりやすくしたのだろう。

こうゆうのも大袈裟と言うべきなのではという気もするが…



講義を終えて私は真っ先に市川へ帰っていった。

今になって思う…

やるべき事がありすぎるのもどうかと思うが、それが少な過ぎるのもどうかと思う…

とはいうものの、それをどう埋め合わせるのかを考えないのはどうかしてるとしか言えないだろう。

今はどうにかなってるが、それも長くは続かない。

出来る事は、本当に形になる事をする事だろうか…

自由過ぎるのは、こうも罪深いものだったのか…

壊れゆく日々の先に私を待つ日々はどんな日々なのだろう…





市川の基準点は、久々の晴天の空のもと明るい日差しに照らされている。