翌日。

信用してもらえない事情による予想通りの口論の中、私はひとまず生活費の補助を受けてもらった。

こうなるほどの浪費をした覚えは本当にないというのに、なぜ私はこうなったのかいまだに信じられない。

自覚にあるとすれば、今まで未納だった光熱費に大部分を持っていかれた事と教科書の予想外の高さだ。

あの時、もう少し遠慮しないでもらうべきだったのかな…

でも、今回は文化祭に合わせるためにこうした事を考えたらどうにもならないと言うべきだろうか…

いずれにせよ、次回の帰省まではスタリバへは行かないので、どうにかしたいものだ…





午前中は、親戚の家へ行き、草取りと開墾をやった。

親戚の畑は草木灰が多いからか、根っこがある場所を除いては耕しやすかった。

おばあちゃんも私にとっては労働にも満たない事をしてもらった事を嬉しがっていた。

この程度で私は労働したとは言えない。

本人が満足ならそれでいいが、私が本当にすべき労働と言える事はただ一つ…

その後、親戚の家で昼ご飯を済ませた後、色んな所に寄り、おばあちゃんを自宅に送って帰った。

その後、私はしばらく自宅の畑でも草取りをして、ずっと前からたまりにたまっている刈り取った草を田んぼに運んだ。

だいぶ放置してたからか、分解者により土になっているのもあった。

これが意外に重いのなんのって…

どうせ後で運ぶなら、早いうちに運ぶべきだと痛感するが、その時はまだ収穫をしてなかったがために運ぼうにも運べなかったのだ。

マァ、いずれにせよ田んぼに運ぶ事は今日あらためて教えてもらった事だから仕方ないのだが…

間違ってもいいから私自身で考えた行動にうつすべきなのだろうか…

前回受けた特別講義も、私が故郷で毎回言われる事もこうゆう事を意味してるのだろうかなぁ…



その後、しばらく過ごした後私はあらためて故郷を後にしたのだった。

今回の帰省は、またも洗礼かつ教訓になったと言えるだろう。

繰り返さないためにも、まず結果的に無駄遣いにならないようにする事…そして何より…





今回の帰省は、私が市川に居続ける事がいかに罪深い事だという事を痛感する機会となった。

やっぱり私はまだクソッタレに過ぎない存在でしかないのだ…

そうならないためには、ただ一つ…







今回の帰省であらためて実感した事は他にもある。

こんな環境であろうと、こうゆう形になっていようと故郷の人達は、私を必要としてくれているという事だ…

それは畑や運び屋から始まり、それがやがて地元で就職して働いてくれるという遠い目で見てくれている期待にもなっている事もひそかに気付いている。

私は、それを機に故郷へ必ず戻り働こうと思うようになったのだ。

そのためには、やがてここ市川を離れなくてはならない。

例えそれが、本気で働きたいと初めて思えた場所でも…







だからこそ、私は今こうして壊れゆく日々の中にいるのだろうか…

近頃、私は2009年から築き上げてきた事から疎遠になる事が多くなっている。

2009年からその時まであったものが今年度に入ってからそうなっているのだ…

この疎外感とあらゆる事からの遠さは一体何なのだろう…





離れていく親しかった人達…

下がりつつある市川でのリア充を強調していた事をするモチベーション…

私との交流に消極的な人達…

日に日に崩壊していく事を痛感する楽しかった日々…





この壊れゆく日々は、私が市川を離れ故郷で未練なく働けるようにするためにあるのだろうか…

それとも…