ポケモンセンターを後にした私は水道橋へ向かった。

今日は学校の特別講義で学長さんと直に受けられる講義があったからだ。

学長さんとは学生であってもゼミとかでなければなかなか会えないだけにさすがにこの機会は逃すわけにはいかない。

昨日まで考え、私は最終結論としてこっちを選んだのだった。






少し狭い教室の中、学生を基本に教授さんや二部の人と思われる人などたくさんの人だかりだった。

学長さんに会えるだけでなく、その講義を直に聞けるのがいかに貴重な機会なのかが実感される。





講義内容は、『大学の意味とその歴史』についてだった。





大学というのは、そもそも何のためにあるのだろうか。

それは設立当時と今では大きく異なっている事だった。

当時の大学というのは、官僚を育成するための機関であり、また研究するための機関というのが大部分であった。

現代、少子化となった今、大学の存在の在り方が見直される運動が進められている。



そもそも大学とは何のために行く場所なのだろう。

大概の人はおそらく職に就きやすくするためとか大学くらいは出ておかないとというのが理由だろう。

私も最初はそんな形だった。

しかし、当時は大学卒業後はエスカレーター方式で職にありつける環境だったのでいつの間にかそういうステレオタイプが定着したのだ。(もちろん、最低限の事をしなければいけないが)

今、大学では在り方そのものが変わってきている。

それは、『身につけた事を糧に自らの考えで行動できるようにする』という事を大学でできるようにする事だ。

私立大学の特徴は、その大学特有のスローガンに基づいた理念のもとで人材を集団行動規模で育成する事にある。

そうする事により、固定観念だけで行動せず、自らの考えで行動できる多様な人へと成長できるのだ。

こうゆうやり方は、私立大学だからこそできる事だという。

大学というのは、そういった『己の事について目覚める機会』を探すための場所でもあるのだ。

学長さんも当初は法関係の職に就くために入学したが、後に大学での日々を通して『自分はこうゆう事をしてみたかったんだ』と悟り、現在の学長へと発展したのがその現れだ。



私だってここに来た後、社会の実状や色んな法の世界がある事を直に知った事を機に公務員を目指す理由を見つける事ができた。

もしも、他の大学に適当感覚で行っていたらこういう発見はなかったであろう。

今回の特別講義で私はそれをあらためて実感する事ができた。





すっかり夜になった水道橋の中、私は帰路に着いた。

帰路に着く中、今回の講義を通して私はあらためて色んな事を悟っていた。



途中離脱してまでこの特別講義を受けてよかった、そして…

もっと早いうちに受けてたらよかった、と…

それはただ学長さんと直に講義ができたからだけにとどまった理由からではなかった。






学長さんの話を時折追憶しながら私は水道橋を後にした。

学長さん、いい機会と素晴らしいお話をありがとうございました。