いつもの月曜日…という気分が今朝からしなかった。
珍しく7時頃に起きれたのだが、起きようという気になれなかった。
それにより、私はしばらく夢と現実の狭間を行き来していた。
その間、私は色んな夢を見た。
ムンナに食われなかったのは、海辺にいる夢だった。
なぜか私は堤防みたいな場所にいて、そこにはたくさんの人がいた。
まるで何かの見物をしているのか、避難しているかのようだった。
その時…
ザバーン…
砂浜があっという間に海水に覆われた。
私達が立っている場所には届かなかったが、どうやら大波が来ていたので、避難していたようだ。
その時、見覚えのあるものが目に留まった。
大波が引いた後、砂浜に何かがあった。
よく波に持って行かれなかったものだというツッコミの前に私はそれが私に関連しているものである事に気がついた。
そこにあったのは、私が愛用しているアディダスのバッグだったのだ。
波が引いた後、私は急いでそれを取りに行った。
開けてみると、そこにはなぜかモバフォンが入っていた。
もしかして、私はこのバッグを諦める形で堤防に上ってたとか?
私は慌ててモバフォンを取り出した。
案の定、モバフォンは水浸しだった。
私が持っているモバフォンは、防水機能はない。
私は試しに電源を入れてみた。
すると、モバフォンは多少ぶれみたいな画面だったが、何とか着いた。
しかし、それはいつ壊れてもおかしくないような状態とも言えた。
急いでデータだけでもどうにかしなくてはと思った瞬間に私は起きた。
何だったんだ、今の夢って…
ましてや、毎回思うが、起きるまでそれが夢だと気付かないのもどういうわけなのかと…
その夢の中には、シキくんがいたのも覚えている。
ひそかに以前にもシキくんと夢の中で会った事があるので、これも不思議な事だ。
シキくんにまた直に会いたい願望があるから、その表れなのかも…
そのためには…
今日はその全てがわかる結果発表の日だった。
結果の内容は、郵送によりわかる。
つまり、下宿場所のポストに何かあるかが勝負の決め手なのだ。
そのため、今朝はどうしてもポストを見れずに登校する事となったのだった…
2限目に新たに履修科目を入れたので、今週から受ける事となった。
科目は、『東洋法制史』である。
今回の内容は、東洋における刑罰についてだった。
日本史でもやった覚えがある人もいるかもしれないが、日本を含む東洋では刑罰の種類は五刑二十等に分けられている。
身体刑として、棒で叩く『苔』『杖』、収鑑に相当する『徒』『流』、そして極刑に分けられる。
西洋では、ギロチンなどに代表されるように残虐な刑罰ばかりがあるように思われがちだが、実を言うと東洋の方がもっと残虐だったのだ。
それはさすがにここでは言えない。
明大博物館、そしてバイオハザード顔負けのグロテスク描写があるからだ…
今の日本の刑法では、『罪刑法定主義』という法に明白に規定がなければ罰せられないというのが原則だが、当時では『成文としてあるないにかかわらず、悪行と見なされるものは全て罰せられる』という『絶対的法定刑主義』というやり方が行われていた。
これは、法に明文規定がなくても、行為と結果に因果関係がある場合は全て悪行と見なされる事を意味して、それをうまく利用すれば容易に罰する事ができたという事になる。
人の見方は相対的であるがゆえに場合によっては、まずい事にもなりかねない事と言えよう。
3限目は日本法制史。
離縁状には、様々な背景があるというのが文書本体から伺われる。
夫婦間だけでなく、おかしらや親族、時には五人組という今で言う農業組合みたいな場所から調印してたり、目明かしのために離婚を切り出したという告白をしていたり、時には夫が自らの未熟さを理由に夫から離縁を要求するパターンもある。
ここからも、離縁が夫の身勝手さだけではないというのが伺われるわけだ。
講義を終えた後、私は学校を後にしなかった。
今、下宿場所に帰るのはつまり『全てが明らかになる時』に相当するからだ…
試験当日と同じ緊張感が私の中を過ぎっている。
その緊張感は、何か別の事をしていても、消える事も一旦収まる事もなかった。
緊張感を消し去る方法はただ一つ。
腹をくくる気持ちで、結果を知る事だ。
そのための心の準備がいまだにできていない。
今更いつ結果を確認しようと変わらないというのに、なぜ私はその決心ができないのだろう…
今回の試験を今まで以上に本気になって受けていたという証拠だが、それが形になってるかが問題なのだ…
自宅に戻りそれを調べる。
ただそれだけの事を私はやれないままでいる…
様々な不安感と緊張感が私の中を過ぎり私を押し潰している。
いずれにせよ、もう私には逃げる場所も一時的に隠れる場所もない。
今夜、全てが決まる。
ただそれだけだ。
全てを悟ったのを見計らい、私は水道橋を後にした。
次にここに現れる時は、全てが明らかになった時だ…
珍しく7時頃に起きれたのだが、起きようという気になれなかった。
それにより、私はしばらく夢と現実の狭間を行き来していた。
その間、私は色んな夢を見た。
ムンナに食われなかったのは、海辺にいる夢だった。
なぜか私は堤防みたいな場所にいて、そこにはたくさんの人がいた。
まるで何かの見物をしているのか、避難しているかのようだった。
その時…
ザバーン…
砂浜があっという間に海水に覆われた。
私達が立っている場所には届かなかったが、どうやら大波が来ていたので、避難していたようだ。
その時、見覚えのあるものが目に留まった。
大波が引いた後、砂浜に何かがあった。
よく波に持って行かれなかったものだというツッコミの前に私はそれが私に関連しているものである事に気がついた。
そこにあったのは、私が愛用しているアディダスのバッグだったのだ。
波が引いた後、私は急いでそれを取りに行った。
開けてみると、そこにはなぜかモバフォンが入っていた。
もしかして、私はこのバッグを諦める形で堤防に上ってたとか?
私は慌ててモバフォンを取り出した。
案の定、モバフォンは水浸しだった。
私が持っているモバフォンは、防水機能はない。
私は試しに電源を入れてみた。
すると、モバフォンは多少ぶれみたいな画面だったが、何とか着いた。
しかし、それはいつ壊れてもおかしくないような状態とも言えた。
急いでデータだけでもどうにかしなくてはと思った瞬間に私は起きた。
何だったんだ、今の夢って…
ましてや、毎回思うが、起きるまでそれが夢だと気付かないのもどういうわけなのかと…
その夢の中には、シキくんがいたのも覚えている。
ひそかに以前にもシキくんと夢の中で会った事があるので、これも不思議な事だ。
シキくんにまた直に会いたい願望があるから、その表れなのかも…
そのためには…
今日はその全てがわかる結果発表の日だった。
結果の内容は、郵送によりわかる。
つまり、下宿場所のポストに何かあるかが勝負の決め手なのだ。
そのため、今朝はどうしてもポストを見れずに登校する事となったのだった…
2限目に新たに履修科目を入れたので、今週から受ける事となった。
科目は、『東洋法制史』である。
今回の内容は、東洋における刑罰についてだった。
日本史でもやった覚えがある人もいるかもしれないが、日本を含む東洋では刑罰の種類は五刑二十等に分けられている。
身体刑として、棒で叩く『苔』『杖』、収鑑に相当する『徒』『流』、そして極刑に分けられる。
西洋では、ギロチンなどに代表されるように残虐な刑罰ばかりがあるように思われがちだが、実を言うと東洋の方がもっと残虐だったのだ。
それはさすがにここでは言えない。
明大博物館、そしてバイオハザード顔負けのグロテスク描写があるからだ…
今の日本の刑法では、『罪刑法定主義』という法に明白に規定がなければ罰せられないというのが原則だが、当時では『成文としてあるないにかかわらず、悪行と見なされるものは全て罰せられる』という『絶対的法定刑主義』というやり方が行われていた。
これは、法に明文規定がなくても、行為と結果に因果関係がある場合は全て悪行と見なされる事を意味して、それをうまく利用すれば容易に罰する事ができたという事になる。
人の見方は相対的であるがゆえに場合によっては、まずい事にもなりかねない事と言えよう。
3限目は日本法制史。
離縁状には、様々な背景があるというのが文書本体から伺われる。
夫婦間だけでなく、おかしらや親族、時には五人組という今で言う農業組合みたいな場所から調印してたり、目明かしのために離婚を切り出したという告白をしていたり、時には夫が自らの未熟さを理由に夫から離縁を要求するパターンもある。
ここからも、離縁が夫の身勝手さだけではないというのが伺われるわけだ。
講義を終えた後、私は学校を後にしなかった。
今、下宿場所に帰るのはつまり『全てが明らかになる時』に相当するからだ…
試験当日と同じ緊張感が私の中を過ぎっている。
その緊張感は、何か別の事をしていても、消える事も一旦収まる事もなかった。
緊張感を消し去る方法はただ一つ。
腹をくくる気持ちで、結果を知る事だ。
そのための心の準備がいまだにできていない。
今更いつ結果を確認しようと変わらないというのに、なぜ私はその決心ができないのだろう…
今回の試験を今まで以上に本気になって受けていたという証拠だが、それが形になってるかが問題なのだ…
自宅に戻りそれを調べる。
ただそれだけの事を私はやれないままでいる…
様々な不安感と緊張感が私の中を過ぎり私を押し潰している。
いずれにせよ、もう私には逃げる場所も一時的に隠れる場所もない。
今夜、全てが決まる。
ただそれだけだ。
全てを悟ったのを見計らい、私は水道橋を後にした。
次にここに現れる時は、全てが明らかになった時だ…