離郷当日。

昨年と違い、今年度はずっと故郷にとどまっていた。

今回の春期休暇は、今までとは違う激動の日々を過ごす事となった。

22年間の中で、日本規模の激動に見舞われた事は今までなかった。

私が幼い頃でさえ、このような事はなかったのだから…

私自身の判断による激動ではなく、誰しもが共感できる激動なのは明らかな事だ。

この激動が意味するのは、一体何なのだろうか…

少なくとも、激動が残した爪痕は今年度中に直る事はないだろう。

せめて、原発や電力に関する事だけは早くて夏、遅くてもまでにはどうにかしてほしいものである。

これから私は計画停電のあおりをあらためて受ける事になるであろう。

故郷にいる間は、計画停電のあおりを一日も受けなかっただけに、市川に戻ったらあらためてそのあおりを受ける事となる。



午前中は、ひとまず出発の準備をした。

昨日は、色々な事があり、私のめんどくさがりな癖もあったために何もやれなかったのだ。

詰めるものは、そう多くはなかったので、時間はかからなかった。

そこが気掛かりなのだが…

午後になり、私はしばらく寝床で横になっていた。

近頃は、夜更かしが続いているのでそのツケが今になって来たのだろう。

市川に戻ったらまずは早く寝る事を第一にしないとなぁ…

今回は、姉御に送ってもらった。

ひそかにこういうのは初めてかもしれない。

姉御も私同様就活の立場にある。

背負う者同士だからこそ、いつもとは違う気持ちで駅に迎えたのかもしれない。

姉御、今まで以上に頑張ろうね!!





14時48分、私は約1ヶ月ぶりに故郷を後にした。

何かを思っているなら、まずは就職戦線に入れるようにする事からだ。

集まりの前に私も色々積極的に行えるようにしなくてはならない。

今までとは違う環境の中、私は市川を目指していった。





17時21分、市川に到着した。

一番気にするべきは、地震のあおりをどこまで受けているのかだ。

下宿場所に入ると、今のところ積み上げていたものが崩れていただけで、特に支障はなかった。

ポストには今までとらなかった書簡がたくさん入っていた。

その中には大学からのもあった。

一番気になったのはやはり成績通知だ。

結果は民事訴訟法以外は全て単位を修得できていた。

ある意味奇跡と言うべきだろう。

もう二度とこんな奇跡は起きない事を前提にしなければならない。

また、学校からの通知で地震により履修登録が2週間遅れるという事を初めて知った。

ひとまず慌てすぎる必要はないわけだ。

もちろん、気を抜きすぎてもいけないが。

明日はひとまず、願書関係の情報を集める事を基本に公務員試験のスタンバイを始める事にする。

モラトリアムができたからこそ今度こそ無駄にしてはならないのだ。

これが最後のチャンスだ。

どうせ後で後悔してるのなら、さっさと形にするそれだけ。

学校の始まりはまだでも私自身の戦いはもう始まっている。

弥生の助走と共に明日からも今までにない勢いで頑張っていく。