今朝、ドリームワールドで芽吹音シキくんが夢に現れた。

その後、なぜか父親が現れ、彼と遊んでる事を指摘して追いかけてきた。

受験生に相当する実状、もしくはいつまでも歳の差が離れた奴と遊んでるなという誼みなのだろう。

その際、私は本屋さんにいたらしく、買おうと思っていたポケモンファンを持ったまま外に出てしまったので、万引きと誤解されまたも追われるはめになってしまった。

そこでようやく私は現実に戻ったのだった。

シキくんと会う事は、正夢になるのは確実だが、他のは…

ムシャーナがいるなら、残りの部分がうつつになるのは断固阻止せねばならない…




後期試験6日目。

今日は地方自治論の試験だった。

試験の内容がつかめないがために、前日は何の準備もしないに等しい過ごし方だった。

今まではそれでも高得点を全て取っていたが、今回は…?

とりあえず走り書きしておいた自筆ノートや、ブログに載せた講義内容を頼りに最終チェックをした。

やっていた事が試験と関係する。

そういう意味でブログに出来る限りまとめておいた事が役に立った。

あらためて試験スタート。

設問はシンプルに『地方自治における行政と住民の在り方について述べよ』だった。

シンプルな設問ほど答えにくいものはない。

テーマを自分なりに決めなければならないというのがその理由だ。

その時、私は最後に見直したブログ記事の一つに目をつけた。

私が答えたのは、専門性についての事だ。

行政では、専門性によって格差が行政機関内にも広がっていたり、住民が専門用語などを知らない事に付け込むような行いをしているという実状がある。

知らなかったでは済まされないのは、刑法に限った事ではないのだ。

決して秘密法規にしているわけではなく、法規について相談する機関があったり、知るための機会をたくさん設けてはいるのだが、日常に関係しないのがほとんどであり、住民はそれを積極的に知ろうとは思わないのだ。

ここでも到達主義が表れており、例え見なくても一般が見れるようにしただけで十分という風に扱われているのだ。

行政というのは、大部分は専門性のもとに行われている。

そうである以上、専門性はもはや専門家だけに限った事であってはいけない。

今の行政と住民は、その専門性を共有できるようにしなくてはならないのではないだろうか。

まずはそこからだ。

大まかに言うとこんな感じの意見を述べた。

中には後になって思い付いたのもある。

書き終えた後になって、もっといい内容があったのに気付くのは必ずと言っていいほどあるものだ。





とりあえずこれで事態は一時終息した。

次回は月曜日の公共政策だ。

完全に終息したわけではないので、まだ気を抜きすぎるわけにはいかない。



その後、私は久々にポケモンセンターに向かった。