二度寝入り 目開けたら また月曜

繰り返し 君思う

起きれない 箱越しに 盗み見た

9時35分の時刻…

一青窈さんの『今日わずらい』の替え歌をしている中、今週も新たな1週間が始まった。

今週は帰省を目的にあらためて張り切って行こうと思う。

ひそかに試験が近いのもあるのだから…

と言いながらいきなり冒頭にあるような朝を迎えたわけだが…



2限目は公共政策。

公共事業についてをやった。

1990年代に入ってから公共事業に対して批判が相次いだ。

その背景には、事業の発注をめぐるゼネコンの汚職事件や請負業者の間での談合などが発覚したり、公共事業の必要性そのものに対する疑念の表れ、そして国の財政事情の急速な悪化がある。

公共事業への批判の代表は、やはりダム建設である。

ダム建設について既に決定された事業計画を見直す作業においては、決定を覆すよりも追認する方が容易だったり、利害関係者や専門家の意見の聴取が不十分だったり、情報が不徹底だったりと様々な問題がある。

2000年には自民党が233事業の中止を勧告したり、昨年は民主党政権による公共事業の削減方針があった。

ダム建設中止もその一つなのだろう。

公共事業においては『個所付け』という公共事業予算をどんな事業に配分するのかという意見が今注目されているという。



3限目は経済原論。

インフレと失業についてをやった。

インフレとは、貨幣が大量に流通したがために物価が持続的に上昇する事を言う。

予期されたインフレは、相対価格の歪みや流動性の便益が減る事、また税制の歪みが生じる一因になる。

一方、予期されないインフレの場合は、預貯金の価値が低下する事が生じる一因となる。

貨幣価値の低下とも言い換えられるので、それを強調されていると言えよう。

就業者は、実際に働いている人、意思はあるが、働くに働けない人、働く意思がない人に分けられる。

アメリカでは9%になっていると言われている完全失業率は、就業者を労働者と割って求められる。

失業者というのは、景気に関係なく労働市場の移動によって生じる事もある。

これを自然失業率という。


4限目は法社会学。

前回の続きをやった。

前回やった所の要約をやり、その続きのパラグラフ要約をやった。

1970年代には法社会学における裁判外紛争への研究は、だいぶ関心を持つようにはなったようだが、まだ本編には入れないようだった。

その研究において、日本の伝統的な社会構造をとらえて、近代的紛争処理としての訴訟・裁判の概念と対比されている事がその研究には全ての研究者に共通していた。






今日はひそかにおばあちゃんの誕生日でもあった。

昨年のあの頃はどう思っていただろうか…

あの日はちょうど今から1年前の話だった。

私にはもう何年も経ったような感覚だ。



2010年は植村花菜さんの曲に同調して、あらためておばあちゃんの大切さを実感した。

私はおばあちゃんの事を大切に出来てたかな…






例えここにいなくても、おばあちゃんがいたという意味での存在は変わらない。

おばあちゃんがここにいたのは今でも、そしてこれからも続いていくのだから…


81歳おめでとう。