昨夜はポケモンキャンバスの作成に予想外に時間を費やしたので、2時頃に就寝する事になった。

それが祟ったらしく、今朝も寝坊した。

月曜日って毎回こうなってるような気がする…

故郷にいた時にやっとリズムを取り戻したんだから、崩さないようにしなくちゃ…

今週は何を楽しみにするべきだろうか。

まずは今週末にあれを買う事、そして土日のどっちかに集まりがあるはずだからそれを糧にしていこうと思う。



2限目は公共政策。

高齢者福祉行政についてをやった。

1970年代から65歳以上の人口が総人口の7パーセントを越えた高齢化社会となり、1994年代には2倍の14パーセントを越えた高齢社会となった。

高齢者福祉の代表として老人ホームのような介護施設がある。

100パーセント介護が必要な特別養護老人ホーム、自立生活はできるが一人暮らしが不安な65歳以上の人を対象にした養護老人ホーム、そしてその他にもケアハウスやグループホームなどもある。

老人ホームのような福祉施設というのは、身体的、精神的などの障害を持った人々を特別扱いにして、彼らを街中から離れた閑静な施設に収容して世間から隔離させるような過ごし方にしてるのではないか、という問題が指摘されている。

そうではなく、彼らが長年住み慣れた地域において周囲の親しい人々と共に普通に生きていく事ができるように全ての環境を整えるのが今必要とされている事なのだ。

これをノーマライゼーションの原則と言う。



3限目は経済原論。

貨幣についてとマクロ経済政策についてをやった。

貨幣の保有動機には、取引動機、予備的動機、資産保有動機がある。

マクロ経済における最終目標は、物価の安定、適切な経済成長の確保、雇用の確保にある。

中間目標としては、それ自身は目的ではないが、最終目標と重大な関連を持つため、政策の効果を判断したり政策の方向を考えるために必要な政策がある。

例としては、金利の水準、為替レート、財政収支、国際収支がある。



4限目は法社会学。

裁判過程についてをやった。

著者は裁判過程の研究において、判決というのは、法的に導くものではなく、裁判官があらかじめ決めた判決(虚構)にどう導くかという主観的な判断によるものだというある研究者の意見を機に裁判過程についての関心を抱く事になった。

その後、大学院で陪審員制度についての反対意見を主張したレポートを提出したところ、厳しく指摘され、書き直しを命じられた。

その時に知った事を機に、著者は陪審員あってこそアメリカの司法が成り立っているという事を悟り、日本の裁判意識がどれほど薄いものなのかをはっきりと実感した。

それが後に裁判員制度制定に発展する事にもなったという。



外は久々に雨だった。

マァ、天気予報で知ってはいたけどさ…

こういう天候でも東京ドームシティのイルミネーションは綺麗に光っている事だろう。


体では実感のないたくさんの雨の降りしきる中、私は人知れず市川に帰っていった。