外は久々に雨だった。
ここのところ晴れの日が続いていたので、そう不思議に思う事ではないが。
帰省した時に傘とマフラーとジャンバーを故郷に忘れてきたのが致命傷だった。
当日は必要ないと思うほどの天候だっただけに油断したと言える。
久々に早めに水道橋へ向かった。
9時半過ぎだったので、実質変わらないと言ってもいいが…
総武線は線路内に人が立ち入った事により、かなりの遅れが出ていた。
しかも、その現場は錦糸町だったらしい。
向こう側から見えた総武線快速は、グリーン車に立って乗らなければならない状態になっていた。
偶発とはいえ、これはかなりの損失になった事であろう。
2限目は民事訴訟法。
法定代理人についてをやった。
法定代理人とは、訴訟上の代理人としての地位が本人の意思に基づかない代理人の事を言う。
精神障害や未成年者のような自分自身で訴訟行為を起こせない者の利益を保護
するのが趣旨である。
代理人には、特別代理人というのも存在する。
立法趣旨は、未成年なとが法定代理人を欠き、または選任が遅れ、もしくは代理権を行使できない時はこれらの訴訟無能力者に対して訴えを提起して、その他訴訟行為をしようにもできない事になるので、権利行使ができなくなるのを阻止するためである。
昼ご飯の後、しばらく都市政策のレポート書きに勤しんでいた。
前回のレポートはほぼ妥協みたいな受け入れ方だったという事が実感できている。
ポケモンレポートだったら何枚でも書けるんだけどなぁ…(っていうかレポートとセーブって一体どんな関係が…?)
4限目はスポーツ演習。
今回もベンチプレスをやった。
どうやら今の私には、32キロを10回3セットでやるのが限度のようである。
限界は破るためにあるというが、それを破るのは容易な事ではあるまい。
私みたいな人間ならなおさらの事である。
5限目は都市政策。
条例の環境と時代背景についてをやった。
高度経済成長時代、日本は産業や人口の都市集中により、過密・過疎化が進んでいた。
そこで1962年、新産業都市建設促進法が制定され、産業の集中を東京にとどめず、色んな場所へ分散させる政策をとった。
これによってできたのが、太平洋ベルトなのである。
公害が懸念されるようになった1970年代、地方公共団体は、国の決まりを越えて自分から公害の基準をつけるようになった。
これが革新自治体の始まりである。
これにより、自主性は拡大に至ったのだが、その一方で自律性には無関心になる事態が生じる事となった。
それにより、1980年代は自治体の考え直しのため、官僚だった人を自治体に任命する事が多くなった。
また、この時期はバブル経済だったために、国が地方自治体に現金で補助をするのも頻繁にあった。
その結果、1970年代の事が二の舞のように起き、財政悪化という結果を招いてしまった。
ちなみにこの爪痕は今でも私達が背負う形で残っている。
それを教訓に地方分権改革がなされる事になったのはつい最近の事である。
最初の改革は結果的に格差を広げる事となり、いい結果は得られなかった。
そこで第二次地方分権改革が提案されたが、そのさなか、政権交代が起きたために、大部分が白紙となった。
レポートはとりあえず提出した。
先生がどう判断してくれるかはお約束である。
外はまだ雨だったが、だいぶ小雨になっていた。
ここのところ晴れの日が続いていたので、そう不思議に思う事ではないが。
帰省した時に傘とマフラーとジャンバーを故郷に忘れてきたのが致命傷だった。
当日は必要ないと思うほどの天候だっただけに油断したと言える。
久々に早めに水道橋へ向かった。
9時半過ぎだったので、実質変わらないと言ってもいいが…
総武線は線路内に人が立ち入った事により、かなりの遅れが出ていた。
しかも、その現場は錦糸町だったらしい。
向こう側から見えた総武線快速は、グリーン車に立って乗らなければならない状態になっていた。
偶発とはいえ、これはかなりの損失になった事であろう。
2限目は民事訴訟法。
法定代理人についてをやった。
法定代理人とは、訴訟上の代理人としての地位が本人の意思に基づかない代理人の事を言う。
精神障害や未成年者のような自分自身で訴訟行為を起こせない者の利益を保護
するのが趣旨である。
代理人には、特別代理人というのも存在する。
立法趣旨は、未成年なとが法定代理人を欠き、または選任が遅れ、もしくは代理権を行使できない時はこれらの訴訟無能力者に対して訴えを提起して、その他訴訟行為をしようにもできない事になるので、権利行使ができなくなるのを阻止するためである。
昼ご飯の後、しばらく都市政策のレポート書きに勤しんでいた。
前回のレポートはほぼ妥協みたいな受け入れ方だったという事が実感できている。
ポケモンレポートだったら何枚でも書けるんだけどなぁ…(っていうかレポートとセーブって一体どんな関係が…?)
4限目はスポーツ演習。
今回もベンチプレスをやった。
どうやら今の私には、32キロを10回3セットでやるのが限度のようである。
限界は破るためにあるというが、それを破るのは容易な事ではあるまい。
私みたいな人間ならなおさらの事である。
5限目は都市政策。
条例の環境と時代背景についてをやった。
高度経済成長時代、日本は産業や人口の都市集中により、過密・過疎化が進んでいた。
そこで1962年、新産業都市建設促進法が制定され、産業の集中を東京にとどめず、色んな場所へ分散させる政策をとった。
これによってできたのが、太平洋ベルトなのである。
公害が懸念されるようになった1970年代、地方公共団体は、国の決まりを越えて自分から公害の基準をつけるようになった。
これが革新自治体の始まりである。
これにより、自主性は拡大に至ったのだが、その一方で自律性には無関心になる事態が生じる事となった。
それにより、1980年代は自治体の考え直しのため、官僚だった人を自治体に任命する事が多くなった。
また、この時期はバブル経済だったために、国が地方自治体に現金で補助をするのも頻繁にあった。
その結果、1970年代の事が二の舞のように起き、財政悪化という結果を招いてしまった。
ちなみにこの爪痕は今でも私達が背負う形で残っている。
それを教訓に地方分権改革がなされる事になったのはつい最近の事である。
最初の改革は結果的に格差を広げる事となり、いい結果は得られなかった。
そこで第二次地方分権改革が提案されたが、そのさなか、政権交代が起きたために、大部分が白紙となった。
レポートはとりあえず提出した。
先生がどう判断してくれるかはお約束である。
外はまだ雨だったが、だいぶ小雨になっていた。