東松山駅で降り、連絡をした後、迎えが到着した。
今まで非通知設定にしていたのだが、依頼人に指摘されてようやく直した。
そうでもしないと電話番号自体表示されないわけね…
あらためて現場へ。
おそらく自家用車の形で現場まで行くのはこれが初めてである。
到着したのは自動車屋だった。
どうやらここで改装工事みたいな事をやるらしい。
私達の役目は、改装のために家財などをどこかへ避けたり、ビニールシートを被せたりをする一種のサポート要員だった。
こうする事によって、後でまた掃除をする必要がなくなるのだろう。
時折、高い所の工事をするために必要な台の組み立てをやったりした。
私がやった事の大部分は、マーキングやビニールシートを貼るためにテープどめをした事だった。
前半の勤務はこれを大部分やって終了した。
その後、途中で別の人に呼ばれ、私はその人の手伝いをする事になった。
建築業の派遣勤務をした時にも運んだ覚えのある袋に入った板のかけらを運んだり、使い終わったダンボールをトラックに積んだりした。
その後、あらためて本編へ。
天井貼りが終わった場所の床のビニールシートを撤去して、そこを掃除機で掃除した。
おそらくこの後もやる事になるであろう。
掃除機が終わった後、もとあった場所にテーブルや椅子を運び、マーキングしてあったテープを剥がして第二部を終えた。
そこから1時間の休息に入った。
勤務時間が長いのにはこういう理由もあるわけだ。
深夜になっても時折トラックや自動車が通る様子が伺われる。
私のように、普通は寝る時間でも起きて頑張っている人が毎日のようにいるという証である。
勤務がある場所に真に暗き時間などないのだ。
あらためて次の部へ。
私はまずビニールシートが貼られていた場所を剥がしてそこに掃除機とダスキンモップをかける事から始めて、その後、マーキングした所にタイルを敷いて貼られていたマーキングを剥がす事などをやった。
後半になり、私のやる事の大部分が撤去に変わった。
どうやら今は片付けの段階に入ってるようだ。
片付けの時も慌ててはいけない。
自動ドアは人間の体に反応するので、そのまま通過しようとすれば、長い鉄の棒などをぶつけてしまう可能性があるからだ。
無理に急がずに多少遅くなっても安全に運ぶのも大事な事である。
その後、最後までやっていなかった場所に掃除機とダスキンモップをかけて、残ったゴミを取り、今回の勤務は終わった。
今回は残業をせずに終える事ができた。
その後、始発が早い駅まで担当者が私を送っていってくれた。
だが、いくら交通量が少ないからって田舎道をかなりの速さで疾走するのはどうかと…
時折、もし自動車が来ていたらどうなってたんだと思う事になる時があった。
それからしばらくして、ようやく駅に到着した。
着いたのは大宮駅だった。
ここの始発は4時半からなので、この時間帯でも乗る事ができる。
もし、東松山から乗る事になったらあと約1時間は待つ事になったので、まさに好都合である。
だが、慌てるような形でかなり速い運転をしたのが今頃になって祟ったのか、大宮駅に着く直前、道路の出っ張りに乗り上げてしまった。
一応大宮駅まで何とかたどり着いたが、確認してみると、前輪がパンクしてしまっていた。
私を送ったがためにそうなったような気がしてかなり気まずかった。
担当者さんと別れ、私は駅に向かった。
出発までまだ時間があったので、担当者さんの様子を隠れて見た。
どうやらあのあと、道路のわきに止めて誰かに連絡をしたようである。
無事に帰る事ができますように…
出発時間が近づいたので、私はその場を後にした。
京浜東北線に乗った後も私の中ではしばらくあの人に対する気まずさが残っていた。
4時49分、私は大宮駅を後にした。
雨はいつの間にか止んでいた。
今まで非通知設定にしていたのだが、依頼人に指摘されてようやく直した。
そうでもしないと電話番号自体表示されないわけね…
あらためて現場へ。
おそらく自家用車の形で現場まで行くのはこれが初めてである。
到着したのは自動車屋だった。
どうやらここで改装工事みたいな事をやるらしい。
私達の役目は、改装のために家財などをどこかへ避けたり、ビニールシートを被せたりをする一種のサポート要員だった。
こうする事によって、後でまた掃除をする必要がなくなるのだろう。
時折、高い所の工事をするために必要な台の組み立てをやったりした。
私がやった事の大部分は、マーキングやビニールシートを貼るためにテープどめをした事だった。
前半の勤務はこれを大部分やって終了した。
その後、途中で別の人に呼ばれ、私はその人の手伝いをする事になった。
建築業の派遣勤務をした時にも運んだ覚えのある袋に入った板のかけらを運んだり、使い終わったダンボールをトラックに積んだりした。
その後、あらためて本編へ。
天井貼りが終わった場所の床のビニールシートを撤去して、そこを掃除機で掃除した。
おそらくこの後もやる事になるであろう。
掃除機が終わった後、もとあった場所にテーブルや椅子を運び、マーキングしてあったテープを剥がして第二部を終えた。
そこから1時間の休息に入った。
勤務時間が長いのにはこういう理由もあるわけだ。
深夜になっても時折トラックや自動車が通る様子が伺われる。
私のように、普通は寝る時間でも起きて頑張っている人が毎日のようにいるという証である。
勤務がある場所に真に暗き時間などないのだ。
あらためて次の部へ。
私はまずビニールシートが貼られていた場所を剥がしてそこに掃除機とダスキンモップをかける事から始めて、その後、マーキングした所にタイルを敷いて貼られていたマーキングを剥がす事などをやった。
後半になり、私のやる事の大部分が撤去に変わった。
どうやら今は片付けの段階に入ってるようだ。
片付けの時も慌ててはいけない。
自動ドアは人間の体に反応するので、そのまま通過しようとすれば、長い鉄の棒などをぶつけてしまう可能性があるからだ。
無理に急がずに多少遅くなっても安全に運ぶのも大事な事である。
その後、最後までやっていなかった場所に掃除機とダスキンモップをかけて、残ったゴミを取り、今回の勤務は終わった。
今回は残業をせずに終える事ができた。
その後、始発が早い駅まで担当者が私を送っていってくれた。
だが、いくら交通量が少ないからって田舎道をかなりの速さで疾走するのはどうかと…
時折、もし自動車が来ていたらどうなってたんだと思う事になる時があった。
それからしばらくして、ようやく駅に到着した。
着いたのは大宮駅だった。
ここの始発は4時半からなので、この時間帯でも乗る事ができる。
もし、東松山から乗る事になったらあと約1時間は待つ事になったので、まさに好都合である。
だが、慌てるような形でかなり速い運転をしたのが今頃になって祟ったのか、大宮駅に着く直前、道路の出っ張りに乗り上げてしまった。
一応大宮駅まで何とかたどり着いたが、確認してみると、前輪がパンクしてしまっていた。
私を送ったがためにそうなったような気がしてかなり気まずかった。
担当者さんと別れ、私は駅に向かった。
出発までまだ時間があったので、担当者さんの様子を隠れて見た。
どうやらあのあと、道路のわきに止めて誰かに連絡をしたようである。
無事に帰る事ができますように…
出発時間が近づいたので、私はその場を後にした。
京浜東北線に乗った後も私の中ではしばらくあの人に対する気まずさが残っていた。
4時49分、私は大宮駅を後にした。
雨はいつの間にか止んでいた。