空は2日ぶりに明るい晴天の空だった。

寒いのに変わりはないが、曇っている時よりはマシな方である。

市川駅の改装は終盤まで来ているようだ。

レントラーでなければ中の様子がわからないほど張り巡らされていたバリケードも大部分が撤去されていた。

早くて今週中、遅くて来週中には完成するかもしれない。



1限目は法学の基礎。

裁判員制度についての続きをやった。

由来であるアメリカの陪審員制度は、証拠だけをもとに有罪か無罪かを判断する参審制度である。

アメリカがまだ沖縄を植民地にしていた時に、英語ができる人限定で日本に陪審員制度が導入されている時があった。

陪審員制度は意外に軽い気持ちの制度で、裁判所は簡単に選ばれた陪審員を却下させる事ができる上に、陪審員の人数が不足したら通りすがりの人や裁判所の職員をそのまま陪審員のスペアにする事ができる。

裁判員の場合は極刑になる事が確実の刑事裁判が対象になるが、陪審員の場合はそれだけでなく、民事裁判や極刑には至らない裁判も対象となっている。

ちなみに陪審員は義務であり、裁判員よりも辞退しづらい制度でもある。

裁判員と陪審員はどちらが実質的にいいかが今の問題である。



2限目は物権法。

共有についてをやった。

共有とは法的な見解で言うなら、一つの物に成立する他の所有権によって制限された所有権という事になる。

種類としては、狭義の共有、合有、総有の3種類がある。

共有の持ち分は、法の規定、それがなければ共有者の意思表示によって決まる。
持ち分が不明の場合は、相等しいものと推定される。

不動産の場合は、共有する時は必ず持ち分を登記簿に記載しなければならない。

処分においては、持分権を自由に処分する事ができる。

ただし、目的物の引き渡しを必要とする質権や用益的権利の設定は許されていない。


第三者に権利を主張する場合、自分の持ち分に対しては単独で主張できる。

ここで言う第三者は、他の共有者も含まれる。

共有においては、様々な面において、「持ち分」が重要となる。

共有する物とはいえ、持ち分という名の範囲がある。

共有しているといえど、どの範囲まで自分の権利になるかを主張できる権利を設定する事を忘れてはならないというわけだ。

3限目は行政法。

行政指導についての続きをやった。

行政指導において示した内容が法令に違反している場合には、当該行政指導は違法になる。

また、前回も言った通り、相手方の任意の協力がなければ成立しないので、内容は相手方の任意の協力によってのみ実現されるものでなければならない。

行政指導は公権力を行使していないので、法的根拠がなくても可能だが、比例原則に基づかなければならない。

また、公権力を行使しない非権力行為であるから、行政指導の違法事由の有無を抗告訴訟において直接的に訴訟する事はできない。

だが、行政指導に対する協力の拒否または不服従が後続の行政行為・強制執行の要件とされており、当該後続行為が行政指導の相手方に与える不利益の程度が重大である場合には行政指導を抗告訴訟で直接訴訟できる事を認めている。



いつもより講義が早く終わったので、早速浜松町へ向かった。

今年の木曜日の講義はこれで終わりだが、木曜日の講義そのものはまだ終わりではない。


というより、講義は試験が終わるまで本当の終わりとは言えないというのが正しいのかもしれない。


空は朝と変わらない晴天の空だった。